あらすじ
P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。
この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。
サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。 そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。
スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。
※重要※
この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。
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第二話 襲来 帝刻学園
栗松。
雷問中サッカー部の3年生、役職はない。
1年生で日本代表に選出されたものの、目立った成績も残せぬまま帰国し、そこから練習態度が悪化。”伝説の世代”が卒業すると、今度は後輩たちをいびる、最低最悪の栗へと変わってしまった。
もともと語尾につけていた「でヤンス」は、栗松自身のものではなかった。彼もまた、野球部の厄介な先輩たちに目をつけられ、「でヤンス」を語尾につけるよう強制されていたのであった。
その先輩たちが卒業した今、「でヤンス」を押し付ける権利、通称”デャンス権”を獲得した栗松は、サッカー部内の後輩に対し、「でヤンス」を押し付け、自身が経験した痛みを与える側となったのである。
なんと残酷な、悲劇の連続なのだろうか。
宍戸先輩は、そんな栗松の裏の顔に唯一気づいている3年生だった。
あの日、宍戸先輩は部室の中で、全てを教えてくれた。
「気づいていながら止めることもできない、俺なんかじゃ頼りにならないかもしれないけど、なるべく俺の近くにいてくれればアイツがいじめてくる事はきっとないから…。」
あの日から、キタムラへの影での"罰ゲーム"は続いたが、宍戸先輩だけはいつも味方だった。
「アイツは変わっちゃったんだ…。本当はサッカーも好きで、友達思いで…あんなやつじゃなかったのに。」
人はいつしか、変わってしまうものである。
自然の摂理だ。
真の姿と思っていたものが、ある日を境に変わってしまう。
あるいは、見ていたものが偽りの姿であったのだと、気がつくことなのかもしれない。
そんなことは誰もが経験するだろう。
他人だけじゃなく、自分のことだって、真の姿なんてものはよくわからない。
キタムラもまた、自分の本当の気持ちを疑う毎日を過ごしていた。
人は変わるのだ。
変わりながら、
柔軟に、
型にはまっていくのだ。
春はあっという間に過ぎて行った。
過ごしやすかった空気は、次第に鬱陶しい、ジメジメとした空気へと変わっていく。
桜色に染まっていた通学路の河川敷は、いつのまにか緑色になっていた。街には慌ただしさが溢れかえり、キタムラは憂鬱な気持ちを募らせていた。
1ヶ月後に行われる、帝刻学園との親善試合。そこでの成績で夏大会のメンバーが決定される。
キタムラは賭けていた。
ここで地位を確立できれば、デャンスの呪縛から解放されるのではないかと…。
実際キタムラは、同学年の中ではダントツトップの評価、夢ではなかった。
下を向きながら通学路を歩くキタムラ。
ふと横から、声がした。
「よォーキタムラァ。丁度えェとこヤ、ワイの荷物、学校まで持ってってくれんかのォー。ほいッ」
「うっ……わ……わかったでヤンス!」
こいつだけが、唯一の壁。
全ての計画を狂わせる。
重い荷物を両手に、キタムラはさらに下を向いた。
頼む、サッカーだけに集中させてくれ。
キタムラの願いは届くはずもなく、罰ゲームはいつまでも続いた。
1ヶ月はあっという間に過ぎた。
帝刻学園とは、かつてバチバチの関係であったと聞いていたが、そんな様子はなく、非常にフレンドリーな空気で親善試合は始まった。親善という単語が、まさにぴったりだと、キタムラは思った。
試合が始まる。
キタムラはベンチスタートだった。
交代人数に制限はなく、お互い部員全員を試すのに良い機会であった。
前半、スタメン出場していた栗松は、アップを始めたキタムラに対し、クリアボールを的中させた。
何しやがる…。絶対にわざとじゃないか。
そんな事を思いながらも、キタムラは我慢した。
名前が呼ばれて、試合に出てからのイメージを作らなければ。
その後も栗松は、キタムラの方向へ何度もボールを蹴った。
それも、自然な試合の流れの中で。
誰もそれが"罰ゲーム"だとは気がつかない。
もはや才能なのではないか。
キタムラではなく、ゴールを狙えばいいのではないか?
そんなことを考えているうちに、前半が終わった。いよいよ後半、出番が回ってくる。
2年生の先輩と交代でピッチに入る。
やっと、ここへ来た。
やれることを全てやろう。
「よろしくなァーキタムラ、楽しもうヤ、この"ゲーム"」
後ろの方から声がした。
キタムラは前だけを向いていた。
あんなの、チームメイトではない。
俺は、俺がやれることをやるだけだ。
0-0の試合が動いたのは後半が始まってすぐのことだった。帝刻学園の1年、川島が目にも止まらない速さでディフェンスを追い抜くと、そのまま1人でゴール前へ。
「立向居!止めてやれ!」
そんな声援すらもスローモーションに感じるほど、一瞬にして川島のシュートはゴールネットを揺らした。
「ヤッタゾボクガキメタンダヤッタ-!ウレシイ!ウレシイ!コレモシカシテメンバ-イリアル?オレモシカシテコレアル?アリエナイカクリツヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ!!トオモッテタケドモシカシテアリエチャウ?ヤッタ!ヤッタ!」
ゴールを決めた川島は、誰の耳にも留まらぬ速さで喜びを声にした。
なんと早口な、
あ、いや、
なんと恐ろしい1年生なんだ。
今の帝刻学園ならば、間違いなく大会メンバーに選ばれるだろう。
キタムラも負けていられなかった。
俺も、ここでアピールをしなければ…。
そう思っていると、後半30分、
キタムラにもチャンスが回ってきた。
帝刻学園が攻め上がり、守備が甘くなった隙を突いて、キタムラは前へ走った。
カウンター攻撃だ!
このままパスをもらえれば、確実に1対1へ持ち込める!
読み通り、雷問中がボールを奪った。
よし。
これなら!
「こっちだ!」
キタムラは声を上げ、ボールの方を振り返った。
その時、キタムラは気がついた。
帝刻からボールを奪ったのが
栗松であること。
そして
全てのディフェンダーを
抜いてしまったこと。
まずい…!
オフサイドフラッグが上がった。
「いやァーわりぃのォー、しかしまあキタムラも、ありゃ行きすぎやで…。なァー?」
「…す……すみません……でヤンス……」
栗松は耳元で、さらに続けた。
「なぁー、おめェさっき、「こっちだ!」言うたよなァー?あらぁどーゆぅ事ヤ。語尾どないしたんヤ?ンああ?」
「……すみません…でヤンス……」
「こっちでヤンス、やろォ?んあ?」
…クソが!
あれは確実にわざとだ。
オフサイドになるようにわざと、タイミングを調整していたに違いない…。
貴重なチャンスを…。
キタムラの頭には怒りが溢れていた。しかし、なんとか収めようと、必死に冷静さを取り戻す。
プレー再開だ。
試合は再び、穏やかな試合展開となった。
メンバーチェンジを繰り返しながら、試合は0-1のまま進む。
そして試合終了間際、
再びキタムラに
チャンスが回ってきた。
ジワジワと攻撃ラインを上げる雷問中。
今なら、抜けられる!!
ボールを持った宍戸先輩が、こちらの意図に気付いたようだ。
左サイドをドリブルで駆け上がった宍戸先輩から
大きなクロスが上げられた。
今だ!
華麗なオーバーヘッド。
放たれたボールは
見事ゴールに吸い込まれた。
やった。
やったぞ…!!
ついに、キタムラが初得点を挙げた。
「チッ」
舌打ちする栗松。
「ライモンチュウノイチネンセイキタムラ!?アイツハンパナイッテ!ハンパナイ!アリエナイ!ヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ!!スゴスギワロタ!ワロタンゴ!ンゴ!オレモマケテラレナインゴ!ヤルンゴ!テイコクガクエンヲヒッパッテイクンゴ!」
泣きながら早口で喋る川島。
試合はそのまま、同点のまま、終了した。
試合後、キタムラは川島と会話を交わし、夏の大会では、決勝戦で会おうと約束した。
必ず、この約束を果たす。キタムラは強く誓った。
川島も何か言っていたが、早口で分からなかった。
「明日、夏の大会のメンバーを発表する。日本代表選抜組も、気を抜かないように。以上」
響木監督の言葉でその日の部活は終了した。
キタムラは、初得点を祝う会という名目で、同期たちとジョナサンに行くことになった。
ファミレスの中でも、ジョナサンは中学生にとっては割高で、ドリンクバーで遊ぶのもやや拒まれる程の、お祝い用高級レストランであった。
努力が報われる事ほど嬉しい事はない。
俺はやったんだ。
やった。
ゴールを決めた。
喜びの絶頂の中にいたキタムラ。
しかし、
ポケットのスマホの振動で我に帰る。
電話だ。
画面には
二文字の漢字が書いてあった。
栗
松
続く