キタムライレブン

雷問中サッカー物語

第8話 現る、神の使い手 世宇酢中

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

ーーーーーー

 

第八話 現る、神の使い手 世宇酢中

 

 

 

「知り合いなのか?」

 

世宇酢中のバスを降りた石川は、キタムラにそう尋ねた立向居に微笑みかける。

 

「え、ええ…。ちょっと前に知り合って…。」

 

「あ、立向居さんですよね。キタムラの友達の、石川って言います。我々は神の使い手、世宇酢中。僕はそのキャプテンをやってます。今日は、よろしくお願いしますね」

 

突然の挨拶に、立向居も困惑していた。

 

神の使い手…?

一体何を言っているんだ。

 

近くにいた雷問中の皆が困惑していた。

 

キタムラも、そのうちの一人だった。

 

――

―――

 

「この水を飲んでくれ」

 

「この水で、君を助けたい。友達だろ?」

 

「僕と、本当の強さを探しにいかないか?」

 

―――

――

 

石川の言葉を思い出していた。

宗教臭い、怪しげな水と共に僕の前に現れた、石川。

あの時を最後に、石川と出会うことは一度もなかった。

 

まさかこんな形での再会が待っているとは、思ってもいなかった。

 

キタムラは嫌な予感がしていた。

 

神の使い手だと名乗る石川。

間違いなくヤバい何かがあると、察した。

 

得体の知れない何かに対する不安。

 

“強さ”に対する執着を見せていた石川は、同じような不安から、存在しているのかもわからない神の名を借りて、神の使い手を名乗っているのだろう。

 

 

「みんな、行こう!」

 

 

そんな不安を抱えたまま、少林キャプテンが呼ぶ方へ、キタムラは向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やるしかない。

 

スタメンに選ばれたキタムラは、試合開始のホイッスルと共に、前へ駆け出した。

 

川島との約束が頭をよぎる。

 

帝刻学園を破った世宇酢中を、今度は自分たちが倒すんだ。

 

「キタムラ!いけ!」

 

ドリブルで突き進んだ少林からのパスを受けたキタムラ。

ゴールまでは2枚。

 

行くぞ。

 

ディフェンダーをあっさりかわしたキタムラは、秘伝書に書かれた乱雑な文字と、前回の試合で感じたパワーを頭に甦らせる。

 

 

力を一点に集中させる。

 

 

力強く、右足をボールにぶつける。

 

 

そうだ、この感覚だ。

 

 

「いけ!!!!」

 

 

右足から放たれたボールは、ワイバーンの如く、全てを破壊するかのような勢いで、ゴールへ一直線に伸びた。

 

 

決まった!!ついに、必殺技が完成した!!

 

 

そう思っていたキタムラは、

 

次の瞬間、

 

絶望を目にすることになる。

 

 

立ち尽くす雷問イレブン。

 

 

キタムラの放ったシュートは

 

 

世宇酢中ゴールキーパー

 

 

あっさりキャッチされてしまった。

 

 

それも、

 

 

右手だけで。

 

 

「お、おい……嘘だろ……?」

 

 

誰もが唖然としている中、やっと宍戸先輩が声を出すと、それにつられるようにして、スタジアム全体がザワザワと、騒がしくなった。

 

「どう?キタムラくん。」

 

気がつくと、キーパーからボールを受け取った石川が、目の前に立っていた。

 

「これが、本当の強さだよ。僕らは、神の力を授かっているんだ。」

 

「な……何を言ってんだよ……石川。」

 

「そうか、君はまだ、わかってくれないか。君には期待しすぎたよ。もっと頭がいいと思っていたんだが…。」

 

試合中とは思えないほどの余裕っぷりでリフティングを始めた石川。

 

「あの時、僕と一緒に、強さを探しに行くと言ってくれていたら、君もこっち側だったのに。仕方がない。これを見ればわかるさ。」

 

そう言うと石川は、不意にボールを少し高く、蹴り上げた。

 

かと思うと、そのボールをこちらに向かって蹴った。

 

ボールはキタムラの真横を物凄い速さで通り過ぎた。

 

遅れて衝撃波のような風が、髪を揺らした。

 

振り向くと、ボールはポストに弾かれ、

 

ゴール後ろの芝生にめり込んでいた。

 

 

「あーあっ。外しちゃった。じゃ、楽しもうね。」

 

 

そう言うと石川は小走りでキタムラを追い抜いた。

 

 

今見たものは、何だったんだ………?

信じられない光景を前に、雷問のメンバーたち、いや、そこにいる全員が言葉を失っていた。

 

 

 

 

ゴールキックでプレーが再開されると、試合はすぐに動いた。

 

世宇酢中は恐ろしい速さでボールを奪い取ると、目にも止まらぬシュートで先制した。

 

一瞬の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後も世宇酢中は、雷問中を弄ぶかのように余裕を見せては反撃を繰り返し、石川が2点を追加するなどした結果、試合は0-3となった。

 

 

 

 

 

 

 

日差しが苦しいほどに強い。

暑さが苦手だったキタムラは、ベンチへ向かい水分補給をした。

古株さんを思い出す。水を飲むだけで思い出してしまう、あの地獄の時間。

フンガ、フンガ、と、今にも真横から聞こえてきそうなほど鮮明に焼きついてしまった古株さんの給水。

 

ふと、相手ベンチを見ると、相手チームも石川を含めた数人が水分補給をしていた。

 

前半はまだあと15分ほどあったが、流石に今日の暑さで走り続けていては、いくら神の使い手とは言えど厳しいだろう。

 

そういえば、あの石川も、水を渡そうとしてきた。

水というものに、ここ最近良い思いをしていない。

こうして水を飲んでいる今も、打開策が思いつかないまま、石川率いる世宇酢中にボコボコにされ続けている。

 

どうにか、打ち破る方法はないだろうか。

先ほどの自分のシュートは、もう完成したという実感があった。なのに止められたショックは多少あったが、可能性を感じ始めていた。何か一つ、加われば変わるのではないか。

 

そんなことを考えながら、キタムラはすぐにピッチへ戻った。

 

 

「キタムラ、ちょっといい?」

 

 

こんな状況でも、少林キャプテンは冷静な表情をしていた。

 

息を整えて水分補給をしているキタムラに、少林は耳打ちした。

 

「さっきの技だけど、あれ二人技でやってみない?」

 

急な提案だった。

 

二人技。

二人がかりで打つ必殺シュート技だ。

簡単ではないことはわかっていた。

そんなものを急に提案され、キタムラは動揺した。

 

でも、今できることはそれしかなかった。

 

やるしかない。

 

「決めましょう」

 

誓った。

 

漢キタムラは、約束を破ることが大嫌いであった。

 

スタンドを見ると、川島がこちらを見ていた。

 

 

絶対に勝つ、俺のためにも、お前のためにも。

 

 

心の中で川島に語りかけると、キタムラは頷いてみせた。

 

 

 

 

 

 

しかしその後、前半終了のホイッスルが鳴るまで、チャンスは回ってこなかった。

 

0-3のまま、前半が終了した。

 

焦りと疲れで、キタムラは余裕をなくしていた。

 

滴り落ちる汗を踏むように、下を向きながら、ベンチの方へ戻っていった。

 

 

 

 

 

「みんな、揃ったか。作戦を伝える。」

 

 

ハーフタイム、響木監督に集められた選手たちは、監督を囲むようにして作戦を聞いていた。

 

 

「後半、宇都宮を投入する。あとは前半通り、戦え。本当のサッカーをするだけだ。お前たちが持つ力を見せるだけだ。以上!」

 

 

今のが作戦……?

誰もが疑問に思った。

前半通り戦えば、前半通りまた石川の思うように遊ばれるだけじゃないか…。

 

しかし同時に、誰もが響木監督を信頼していた。

 

監督が言うならば、それが全てだ。その通りに、前半通りに、全力で行くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変は、後半が始まろうとしていた時に起こった。

なにやら、相手ベンチが騒がしい。

 

目を向けると、ピッチへ向かう前にと、水を飲んだ選手たちが水を指さしている。監督やマネージャーが慌ただしく、クーラーボックスから取り出した水を確認しているのが見えた。

 

あ、あのペットボトル。

 

キタムラが思い出したのは、コンビニの前で石川に会った時のことだった。

 

あの時、石川が飲むようにと言っていたあの水、あの時の、ペットボトル…!

 

確か石川は、『本当の力を引き出してくれる、おまじない』と言っていた。

 

 

 

「もしかして……!!」

 

 

 

キタムラは、何かを察した。

前半に見た、人間離れした石川のシュート、相手の動き。

必要以上に”強さ”への執着を見せていた石川。

『本当の力を引き出してくれるおまじない』

 

 

 

全てが、あの水だったんだ。

だから前半、世宇酢中は全く疲れを見せなかった。

あの水分補給は疲れていたからではなかった。

力を増強するための、ガソリン補給のようなものだったわけだ。

 

でも、どうして今、相手ベンチは慌てているんだ?

 

「キタムラ!始まるぞ!」

 

宍戸先輩に声をかけられたキタムラは、慌ててピッチへ足を踏み入れる。

 

その時だった。

 

 

 

「お〜〜〜いぃ!」

 

 

 

スタンドからだった。

 

 

 

その声は、間違いなく、

 

 

 

あの声だ。

 

 

 

スタンドを見ると、上の方から、獣のような勢いで階段を降りてくる影があった。

 

 

 

影は最前列に到達すると、響木監督に向かい、真っ直ぐグッドポーズをしてみせた。

 

 

 

 

 

古株さんだった。

 

 

 

 

 

そうか、あの水。

 

古株さんが大量に買っていた水。

 

あれは…

 

全てあの時から…!

 

 

 

完全に、すべての点が線で結ばれた。

響木監督と古株さんは、全て気づいていたんだ!

 

 

 

「キタムラくん、君たちは一体、何をしたんだ?」

 

 

 

ピッチ内では、石川がキタムラに話しかけていた。

 

 

 

「すり替えたんだよ。あの『おまじない』とやらは、もう、終わりだよ。ここからが本当の勝負。本当のサッカーさ。本当の強さでぶつかろう。」

 

 

 

「ふっ、神のアクアはお見通しだったってわけか。まあいい。君はそれで、強くなったわけじゃない。見せてみなよ。本当の強さってもんを。」

 

 

 

キタムラに背を向けた石川がそう言うのと同時に、

 

 

後半キックオフのホイッスルが鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

続く

第7話 帝国との約束、古株との気まずさ

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

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第七話 帝刻との約束、古株との気まずさ

 

 

帝刻の負けを知らされたキタムラは、もう一つの準決勝が行われていた隣の会場へ駆けつけた。そこそこの距離があったが、試合後だということも忘れてしまうほど、キタムラは必死になって走った。

 

あの帝刻が負けた。

 

決勝で会うと約束をした、あの帝刻学園が。

 

 

 

0-10で…。

 

 

 

 

 

 

「川島!」

 

 

帝刻中学のバスに乗り込もうとする川島を見つけると、反射的に声が出た。

 

川島は何かに怯えた様子で、恐る恐る振り向いた。

 

 

「アイツラ……ニンゲンジャナイ………カテナイ……アリエナイ…カクリツ…ヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ……。」

 

 

相変わらず、川島は早口で言った。

 

 

「ありえないなんてことはない!!お前たちの分まで…おれらが絶対に勝つ!いいか川島!!これは約束だ!!聞いてくれ!!川島!!」

 

「ウワァァァ……」

 

キタムラは、呻くようにしながらバスに乗り込んでいく川島の、背中を見ながらはっきりと言った。

 

 

「約束だ!川島。おれは絶対に、世宇酢中を倒す!」

 

 

約束だ。

 

一方的かもしれないが、これは漢の約束だ。

 

絶対に世宇酢中を打ち破るんだ…。

 

 

 

それにしても、帝刻を破った世宇酢中という学校。

聞き覚えのない学校だ。

 

一体どんな選手がいるんだ。それにあの帝刻が0-10だなんて。

凄まじい力だ。

 

待てよ。

 

もしかしたら、世宇酢中も近くにいるかもしれない。

 

そう思い、辺りを探し回っていた時、ポケットのケータイが鳴った。

 

音無さんからだ。

 

 

「もしもしキタムラくん!?今どこにいるの!?監督が用事あるって、もうバス出ちゃうわよ!?近くずっと探してたんだよ!?何度も電話もしたのに。」

 

 

まずい。

完全に忘れていた。

チームのバスの出発時刻はとうに過ぎていた。

ケータイの着信音にも気が付かないほど夢中で走っていた。

 

 

「あ、すみません…。今、隣の会場にいて…。」

 

 

「隣会場!?!?何してるの!?まったく…。古株さんがもう一台手配してくれて、30分後に迎えにいくみたいだから、そこにいてよね!」

 

 

こちらの返答を待つ間もなく電話は切られた。

 

足が疲れている。

 

そうか、そういえば、さっきまで準決勝が行われていたんだ。

 

そんなことも完全に忘れていた。

 

その上、隣会場まで走りすぎて、疲れてしまっていたようだ。

 

今日は帰ったらたくさん寝よう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏とはいえ、やはりまだ、夕方になれば少し涼しい。

ピークはまだこれからだと、天気予報士がラジオで言っていた。

心地よい風がキタムラの頬をかすめ、まだ完全とは言えない緑色の葉を、ゆっくりと揺らす。

 

こんな穏やかな時間が続けばいいのに。

感情の起伏に疲れる日々も悪くないが、こうして緑を眺めている時間が、何よりも幸せじゃないかと、そう感じることが歳をとるほど増えてきた。

 

その時、駐車場のベンチで仰向けになっていたキタムラの視界に、大きな影が差し込んだ。

 

 

「おまたせぇキタムラくぅん。」

 

 

「わっ…!!」

 

 

驚き、起き上がると、目の前には古株さんが立っていた。

 

 

 

「あっ、古株さん、すみません…!わざわざ来ていただいて…。」

 

 

 

「いやいやいいんだよぉ。実は私も寄りたいところがあって行ってきたんだぁ。」

 

 

 

長く伸びた白髭をこすりながら、古株さんはミニバンへ向かう。

 

皆を乗せたチームバスは、監督自らが運転して帰ったようだった。

 

古株さんとは話したことがほとんどなく、生態も謎に包まれていた。

正直、気まずかった。

70歳前後のおじさんと2人きりのドライブほど、キタムラにとって気まずいものはない。

 

キタムラは後ろのドアを開けようとしたが、後部座席に大量の天然水が置いてあることに気が付き、断念した。

 

助手席しか

 

空いていない。

 

 

仕方なく助手席に乗ると、古株さんはさっそく水をグビグビ飲んでいた。

 

2Lのペットボトルから直接、文字通りグビグビと音を立てながら、管に水を流し込むかのように水を飲む古株。

 

それを横目で見ながらシートベルトをそっとつけるキタムラ。

 

「…あっ……おねがいします……。」

 

ニコリと微笑む無言の古株。

 

発車した。

 

もう、すでに気まずい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無音の時間ほど、心を無にするのが難しい。

 

古株さんと二人きりの車内で、気まずさを誤魔化すため眠りにつこうと努力したキタムラだったが、いつまでたっても眠ることができない。無言の車内で研ぎ澄まされた耳は、古株さんが水を飲むグビグビという音や、古株さんの小さなゲップのような謎の音を感知し、目を瞑ったキタムラは全く寝付けずにいた。

 

薄目で腕時計を見るが、まだ10分も走っていなかった。

 

苦痛だ。

 

この時間がどれだけ続くのだろう。

 

 

ますます研ぎ澄まされた耳は、古株さんの鼻息をも感知し始めた。

 

フンガ、フンガという荒い息の音が、右側に少し離れた場所からする。

 

もはや獣だ。

心優しき獣だ。

だがそれでも、獣であることに変わりはない。

 

フンガ、フンガ。

 

先ほど後部座席にあった大量の天然水。

30本はあっただろうか。一体この獣は、この水を1人で飲むつもりなのだろうか。

 

寄りたいところに行っていた、というのはおそらく、この水を買いに行っていたのだろう。

 

フンガ、フンガ。

 

なんのために?

 

フンガ、フンガ。

 

そりゃ飲むためだろう。

 

フンガ、フンガ。

 

こんな大量に?

 

フンガ、フッ、グビグビ。クァー。フンガ、フンガ。

 

まあ、このおじさんならば、おかしくないだろう。

 

そう思っているうちに、キタムラはやがて、眠りにつくことができた。

 

 

 

 

 

 

猪に囲まれている夢を見ていた。

 

フンガ、フンガ。

 

自分を囲む猪たちは、こちらを見ながらゆっくりと自分の周りを回る。

 

フンガ、フンガ。

 

荒い呼吸音が現実のように聞こえてくる。

 

すると突然、猪のうち一匹が、こちらに突っ込んできた。

 

まずい…。

 

 

 

 

 

 

 

ハッと目が覚めた。

まだ車の中にいた。

 

フンガ、フンガ。

 

古株さんの鼻息は先ほどよりも大きな音で聞こえる。

 

いや、これは音が大きくなったのではない。車が動いていないのだ。

 

渋滞だ。

 

キタムラは腕時計を確認すると、先ほど時間を確認してから10分しか経っていないことに気が付き、絶望した。

 

フンガ、フンガ。

 

キタムラが起きたのに気づいた古株さんは、キタムラの方を見て笑顔を見せた。

 

なんの笑顔なんだ。

 

怖いという感情はないが、キタムラにとって古株さんは謎だった。

しかしその謎は探究心をくすぐってはこない。

どちらかといえば興味がない。

本当にただそこにあるだけの、謎。

 

フンガ、フンガ。

 

気まずい。

 

フンガ、フンガ。

 

これを機に話しかけてみるのもありか。

 

フンガ、フンガ。

 

いや、やめておこう。

 

フンガ、フンガ。

 

ゆっくりと進んではすぐに止まる、車。

 

フンガ、フンガ。

 

渋滞は一体どこまで続いているのだろうか。

 

フンガ、フンガ。

 

キタムラは勇気を振り絞って、話しかけた。

 

「水、めっちゃ多いですね。」

 

言ってから後悔した。なんつー会話だ。

最悪の一言目。

会話のやり方を完全に忘れてしまった。

 

フンガ、フンガ。

 

誇らしげにこちらに笑顔を見せてくる古株さん。

 

「全部、飲むんですか?」

 

フンガ、フンガ。

 

「ナイショ。」

 

最悪だ。なんつー会話だ。

 

フンガ、フンガ。

 

全部最悪だった。

 

フンガ、フンガ。

 

渋滞は抜けられる気配がない。

 

フンガ、フンガ。

 

ナイショってなんだよ。マジで興味がない。

水を飲むのかどうか、聞いてナイショ?

なんなんだ一体。

 

フンガ、フンガ。

 

悪気はないのはわかっている。

しかし、ムカついてしまう。

キタムラは、そんな自分が嫌にも感じた。

 

フンガ、フンガ。

 

もう、話せることはない。眠ることもできない。

 

フンガ、フンガ。

 

生き地獄だ。どこまでも、続く。

 

フンガ、フンガ。

 

フンガ、フンガ。

 

フンガ、フンガ………

 

 

 

 

このあと、無言のままの車が雷問中に到着したのは、4時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ決勝か…。」

 

古株さんの運転するチームバスの中に、少林キャプテンの声だけが響く。

 

 

今日は世宇酢中との決勝戦が行われる。

キタムラは未だかつてないほど、緊張していた。隣の席では壁山先輩が震えている。監督も、今日は無言だ。誰もが緊張しているようだった。

 

応援のために、メンバーに入れなかった一部の部員たちも、バスに乗っている。

 

栗松もその一人だ。

 

栗松は一体、今日の試合を、どんな気持ちで見るのだろう。

 

いや、そんなことを考えている場合じゃない

 

キタムラは、帝刻学園との、川島との約束を思い出していた。

 

突如現れ、0-10で帝刻を下した、謎に包まれたチーム、世宇酢。

一体どんなチームなのだろうか。

 

前回の試合で決め切ることのできなかった必殺技。

ワイバーンのような力強さが、まだ足に染み付いている。

 

あと少しで、完成できる。

 

今の自分なら、この自分の右足なら、

どんなチームだろうと、倒せるような、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリジリとした暑さが、バスを降りた瞬間まとわりつく。

 

快晴。

 

決戦の日にふさわしい、スッキリとした空。アスファルトの照り返しが体を燃やすように温める。駐車場から見えるスタジアムには、大勢の観客が列をなしていた。

 

始まる。

 

今日の決勝戦で、終わる。

 

勝戦が始まる。

 

キタムラは真夏の暑さの中、ブルっと、武者震いをした。

 

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

 

ふと声がして、後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

キタムラは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『世宇酢中』と書かれているバスから

 

 

 

 

 

 

 

選手たちが降りてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中の一人が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声はもう一度、

 

 

 

キタムラを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キタムラは確かに、その声に聞き覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね」

 

 

 

 

 

 

 

目の前で、そう声をかけてきたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川だった。

 

 

 

 

 

 

続く

第6話 vs漫夕寺中

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

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第六話 vs漫夕寺中

 

 

 

夏大会五回戦。試合は1-1のまま、後半が始まろうとしていた。

 

前半、緑川のミドルシュートで先制するも、すぐに漫夕寺中が1点を返し、両者一歩も譲らぬ試合となっていた。

 

漫夕寺中の名DF、木暮を前に、雷問中は苦戦を強いられていた。

 

宇都宮や少林が果敢に攻めるも、木暮の必殺技「旋風陣」を前に、一切歯が立たなかった。

 

 

 

そしてキタムラは、この日もまた、スタメンには選ばれなかった。

 

だが、今日はいつもと違う。

 

監督の言葉が、ふと蘇る。


 

 

 

 

――

―――

 

四回戦が終わった直後の雷問中ベンチ。

 

 

 

 

「キタムラ、ちょっとだけいいか。お前に話がある。」

 

 

 

 

響木監督の話し方は、良い話なのか、悪い話なのか、とてもわかりにくい。

 

話ってなんだ?

 

俺に?

 

と思っていると、監督は一冊のノートを渡してきた。

 

 

 

 

 

「これは、お前に習得してほしい技が書いてある、秘伝書だ。」

 

 

 

「ひ…秘伝書……?」

 

 

 

 

 

ノートを開くと、そこにはグチャグチャの絵と文字があった。

 

本当にこんなものが、秘伝書なのだろうか…。

 

 

「次の試合、すなわち準決勝で、後半からお前を試合に出す。

 

すぐには習得できないかもしれないが、

 

チャンスだと思って向き合ってみてくれ」

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

そうだ、これは”チャンス”だ。

 

後半が始まろうとしていた。

 

キタムラは靴紐をもう一度結び、ピッチへ足を踏み入れた。

 

準決勝後半の開始を合図するホイッスルが鳴り、後半が始まった。

 

さあ、やってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半もまた、お互いが牽制し合う、スローな展開だった。

 

あっという間に20分が経過した。

 

なにかワンアクションを起こさなければ。

 

そう思っていると、キタムラにボールが回ってきた。

 

 

よし。

 

 

前にいた少林先輩へ、縦の大きいパスを出す。

 

 

少林先輩も抜け出す。

 

 

 

 

 

これは決まった…!

 

 

 

 

 

そう思った瞬間、ボールは、突如として現れた木暮の足に吸いつくかのように、奪われてしまった。

 

 

 

一体、どこから木暮が…!?

 

 

 

そんなことを思う間もなく、相手のカウンター攻撃が始まっていた。

 

 

しまった。

 

 

壁山先輩が突破されてしまった。

 

 

 

「「「立向居!!!」」」

 

 

 

漫夕寺中の選手がシュートを放つ。

 

 

「立向居さん!!!」

 

 

キタムラも叫んでいた。

 

ここで決められたら、自分は戦犯だ…。

 

 

 

そんな心配を消し去るかのように、

立向居のムゲンザハンドがシュートを止めた。

 

 

 

 

キタムラは安堵すると同時に、保身的な考えが浮かんでしまったことに対する嫌悪感を抱いた。

チームのことを考えなければいけないのに、またここでも自分のことばかり…。

 

しかし、そんなことを思う暇もなくプレーは再開する。

 

キタムラは気持ちを切り替え、冷静さを取り戻す。

 

 

 

パスやシュートを出せば、木暮の旋風陣によってカットされる。

 

 

ならば、自分で1vs1まで持っていかなければいけないのか…?

 

 

あるいは、旋風陣を打ち破れるほどの力を持ったシュート。

 

 

 

 

 

 

秘伝書だ…!

 

 

 

 

 

頭の中にイメージを作る。

 

汚いながらも僅かに読み取れる情景と文字。

 

イメージの解像度を高めていく。

 

 

今なら…!

 

 

「宍戸先輩!こっちです!」

 

「いけ!キタムラ!」

 

 

宍戸先輩から貰ったパスを、一人で持っていく。

 

 

木暮は逆サイドだ。

 

 

いける。

 

 

イメージしていたそれを、ボールにぶつけた。

 

 

今まで、感じたことのない、凄まじいパワーを感じた。

 

 

それはとても強く、恐ろしいような、

 

 

例えるならば、

 

 

ワイバーンのような、力。

 

 

 

 

いけ………!!!!

 

 

 

 

蹴ったボールがゴールに向かって飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれ、キタムラ!」

 

宍戸先輩からチームボトルを受け取る。

 

「今日のキタムラのシュート、惜しかったなぁ」

 

「ちょっと、力んじゃったっす…」

 

「ポストは悔しいよな…。まあ、切り替えて決勝も頑張ろうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

試合は2-1。雷問中が勝利した。

 

キタムラが放ったシュートがポストに弾かれた10分後、木暮をうまくかわしたキャプテン少林が決勝点を入れ、そのまま試合は終了した。

 

決勝進出が決まり歓喜、或いは安堵する雷問の面々の中、唯一キタムラだけは、宍戸先輩に励まされていた。

 

 

 

「あとすこしだったな、キタムラ」

 

 

 

響木監督もキタムラに声をかける。

 

 

 

「監督…。せっかくのチャンスを活かせなくて面目無いです…」

 

 

 

「気にすることはない。秘伝書の技を習得することなど、容易いことではないさ。決勝に向け、気持ちを切り替えてくれ」

 

 

 

 

秘伝書に書かれた必殺技。

 

誰が書いたかもわからないノートだが、確かにパワーを感じた。実感があった。

 

次こそは…。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん!大変です!」

 

 

ロッカールームへ駆け込んできたのは、マネージャーの音無だった。

 

 

「帝刻が…………………!

 

 

 

帝刻が……準決勝で…!

 

 

 

負けたそうです………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……………!?!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0-10で………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

第5話 開幕!夏大会 キタムラの苦悩

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

ーーーーーー

 

第五話 開幕!夏大会 キタムラの苦悩

 

 

先日、河川敷でいきなり声をかけてきた、あの少年が、

一体なぜこんなところに?なぜこんな時に?

 

 

 

 

二人分の荷物を抱えているキタムラを見た石川は、

それだけで何が起きているのか察したようだった。

 

 

 

「キタムラくん、こんなことさせられているのかい…?」

 

 

 

「あ、あぁ、まあでも、別に大したことはないよ。

 

本当に大丈夫だから、気にしないで。

 

それより、なんでここに…?」

 

 

 

 

キタムラの返す言葉を遮るように石川は、強い口調で言った。

 

 

 

 

「こんなこと、あってはいけない!絶対に。正しい、正しい制裁が必要だよ…!」

 

 

「せ…制裁だなんて、そんな大袈裟な……」

 

 

「いいか?キタムラくん。間違っているものには、同じ、もしくはそれ以上の苦しみを与えて、間違っていると気づかせなきゃいけないんだ。そして同時に、同じ痛みを知らせてやるという、それが制裁なんだよ」

 

 

 

 

 

キタムラは戸惑った。

 

確かに嫌な目にはあっていたが、キタムラにとっては、そんなに大したことではなかった。

 

ここまで感情的に自分のことを心配する石川が、はっきり言って怖かった。

 

それに、制裁がうむのは、さらなる悲劇の連続なのではないか。

 

栗松がかつて、野球部の先輩にいじめられていたことのように。

 

悲劇が繰り返されるくらいなら、自分が止めてやるんだ。

 

そう思っていた。

 

 

 

 

しかし石川は止まらなかった。

 

 

 

 

「胡散臭く思われるかもしれないけど、聞いてくれ。この水を飲むんだ。これはきっと、君を強くしてくれる。本当の力を引き出してくれる、おまじないなんだ。これを、受け取ってくれ。この水で、君を助けたい。友達だろ?」

 

 

 

「なぁキタムラくん、僕と、本当の強さを探しにいかないか?強さこそ正義だと思うんだ。悪を罰していくのは、強さだよ。お願いだ、一緒に、強さを探しに行こう。」

 

 

 

無理やりペットボトルを握らされたキタムラ。

 

なんなんだ…。どうして…。

 

最悪だった。

 

せっかくできたばかりの友達が、怪しげな水を押しつけてくる。

 

こんな最悪なことばかり…どうして…………。

 

 

 

 

 

 

 

ウィーンという音とともに、栗松がコンビニから出てきた。

 

 

「んあ?キタムラ、そいつァ、誰やァー?」

 

 

キタムラはもう、我慢できなかった。

 

 

「す……すいませんでヤンス………!」

 

 

そう言って、石川の手を払い、

栗松の荷物を押し付けるように返し、

急いで走った。

 

 

「お、おいっ!?」

 

 

 

 

この場にいたくなかった。

 

今はただ、栗松とも石川とも向き合うことができなかった。

 

残された二人の状況が一瞬だけ気になり、少しだけ振り返ると、もう石川は反対方向へ歩いていた。

 

コンビニで買ったアイスを手に持ちながら、石川とキタムラを交互に見ながら唖然としている栗松だけがそこにいた。

 

 

 

 

 

逃げるようにして、家まで帰った。

 

栗松がテキトーに突っ込んだ財布が、ポケットから落ちそうになり、慌てて直した。

 

二度と振り向くことなく、走り続けた。

 

 

 

 

 

 

それ以降、しばらく、栗松から”罰ゲーム”を与えられることはなかった。

 

殆ど、関わりもなくなった。

 

流石の栗松も、キタムラの突然の逃走に、驚いたのだろう。

 

また、新たな罰ゲーム担当がいるのだろうか。

 

そうでない事を、キタムラは願うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏だ。

 

風に揺れる深緑の葉をまとった、いつもの河川敷の木々を眺めていた。

 

この街に来て、いろんなことがあった。

 

そのどれもが薄れてしまうほどに最悪だった出来事たち。

 

初夏の暑さに加勢するように、心のモヤモヤがキタムラを苦しめる。

 

 

 

キタムラたちを乗せた雷問中のバスは、大会初戦の会場へと向かっていた。

 

初戦とはいっても、雷問中は夏大会2連覇中の強豪。

 

シード権によって、二回戦からの出場だ。

 

 

 

高速に乗り、ひたすら走り続けるバスの中には、緊張が走っていた。

 

それはそうだろう。

 

”伝説の世代”が築き上げた2連覇という功績。

彼らが卒業した後となっては、その功績は重荷となっていった。

 

主戦力であった代がいなくなった今、同レベル、またはそれ以上のものを示せるほどの力がチームにはあるだろうか。

皆が不安を感じていた。

 

 

 

しかし、キタムラだけは違っていた。

 

自分がやればいいだけだ、その心で、少林キャプテンの引っ張るこのチームについてきた。

やるしかない。

キタムラは全神経を、目の前の試合だけに集中させた。


緊張が走るバスの中には終始、響木監督と運転手の古株さんの会話だけが、ボソボソと聞こえていた。

 

いや、正確に言えば響木監督の声だけがしていた。

 

古株さんは愛想のいいおじさんだったが、声を発することはほとんどなく、ひたすら黙々と淡々と、清掃業務や事務作業をしているおじさんだった。

響木監督の監督にも笑顔で頷いたり、小さく唸るようにして相槌を打っていた。

 

ほとんど、監督のラジオである。

 

監督によれば、今週末のG1はもう、1番人気で固いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シードによって今年の初戦となった二回戦は、

そんな緊張もほぐれてしまうほどあっさりと、

勝利を収めることができた。

 

 

少林先輩がハットトリック達成。二年の宇都宮先輩も2得点の活躍。

 

5-0の完勝だった。

 

 

 

キタムラは、ベンチから立ち上がることもなかった。

 

悔しい気持ちもあったが、当然だろう。自分はまだ一年。

 

それに、サッカーはチームスポーツ。

 

主人公ではないんだ。

 

決して、チームのエースだって、守護神だって、主人公ではない。

 

アニメなんかじゃない。わかってる。

 

チーム全体が一つの主人公で、そのパーツの一つにすぎない。

 

自分にできることをやるんだ。

 

キタムラは自分にそう言い聞かせ、悔しい気持ちを抑えることができた。

 

 

 

いつかベンチで名前を呼ばれたその時に、結果をしっかり残せばいい。

 

それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、人生はそう甘くなかった。

 

中学生のキタムラにとって、なかなか苦しい現実だったかもしれない。

 

続く三回戦、四回戦ともに、ウォーミングアップを始めることすらないまま、ベンチで試合が終わっていった。

 

主戦力の選手たちを温存するため、三年生のベンチ組が交代要因として呼ばれるたびに、キタムラは悔しさを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

すっかり初夏とも言えなくなった炎天下、眩しいほどに、青い芝が輝いていた。

 

見事四回戦も勝利を収めた出場選手たちが、ベンチのほうへ戻ってくる。

 

キタムラは、誰よりも早くロッカールームへ撤収しようと準備を始めた。

 

チームは勝った。でも、やっぱり…。

 

悔しい。

 

 

 

「キタムラ!」

 

 

 

声がして顔を上げると、宍戸先輩がこちらへ走ってきた。

 

 

 

「やったなキタムラ!次で準決勝だ。3連覇も少しずつ見えてきたな」

 

 

「いやぁ、ほんとですね…。ほんと、おめでとうございます!」

 

 

 

他人事みたいな言い方だ。そりゃあそうだろう。

大会メンバーには入れたものの、試合で何か貢献できたわけではない。

 

 

 

「なんでそんな他人事なんだよ」

 

 

 

当然のご指摘だ。

 

 

 

「キタムラお前、わかってないな。試合はもう、練習のときから始まってるんだよ」

 

 

 

宍戸先輩は続ける。

 

 

 

「一緒に練習して、練習相手になってくれて、それだけでもう、

 

チームの得点に貢献してる、仲間じゃないか。武士道の精神だよ!」

 

 

 

仲間という言葉を聞いたのは久しぶりだ。

 

そんな言葉、もう、クサくてなかなか言えないや。

 

でも、なんかいいな。

 

 

 

キタムラは照れくさい気持ちのまま、笑って見せた。

 

宍戸先輩は笑顔を返すと、不意に客席の方を見上げ、手を振った。

 

 

 

そこには、

 

栗松が笑っていた。

 

 

 

グッドポーズをした栗松が、宍戸先輩の方に、笑顔を向けていた。

 

 

仲間。

 

 

栗松は、宍戸先輩のことを、仲間と思っているのだろうか。

 

 

 

 

宍戸先輩は、光だ。

 

自分にはなれないような、光を持っている。

 

聖人だ。太陽だ。

 

 

 

そんなことを考えているうちに、どんどん陰っていく自分に嫌気が差す。

 

せめて、月でいられたら。

自分で光ることができなくても、恒星でなくても、太陽に照らされて輝いている、月でいられたら。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを思いながらカッコつけていると、突然、視界が暗くなった。

 

驚いて上を見上げると、目の前に響木監督が立っていた。

 

 

 

 

 

「キタムラ、ちょっとだけいいか。お前に話がある。」

 

 

 

 

 

続く

第4話 謎の少年 石川

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

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第四話 謎の少年 石川

 

 

 

「「「宍戸先輩!!おめでとうございます!!」」」

 

 

 

 

 

雷問中では、部活がない曜日、部員たちは自主練という形で、それぞれが自分たちで考えたメニューで練習をする。人知れず黙々と練習を重ねる者もいれば、”いつメン”を形成し練習をする者、いろいろなグループを旅する者など、さまざまだった。

中には、部室でゲームをしているだけの者もいる。

栗松のように。

 

キタムラや、キタムラと特に仲の良い同期たちは、いつも宍戸先輩のもとで練習をしていた。

宍戸先輩は日本代表に選出されていないため、選抜組のいない木曜日の練習では、数少ない3年生として1年生を引っ張っていた。そのため、宍戸先輩を慕っている1年生はとても多かった。

 

 

そんな宍戸先輩が、春の大会のメンバーに選ばれたのである。

 

 

 

 

一年生に囲まれた宍戸先輩は少し照れた表情で感謝を口にした。

 

 

「ありがとう。みんなのぶんも頑張るよ!」

 

 

宍戸先輩は、その一年生の中にキタムラを見つけると、ハッとした表情で、キタムラの肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キタムラ、一緒にがんばろう。おめでとう!」

 

 

 

 

 

――

―――

 

大会メンバー最後の1人、

 

それはキタムラだった。

 

選ばれなかったメンバーもいるため、一喜一憂はできない状況で、どんな反応をすれば良いのか、キタムラはわからなかった。

 

 

ただ、キタムラは間違いなく、嬉しかった。

 

 

静寂の中、キタムラの心の中には、

安堵、喜び、ワクワク、色々なものがあった。

 

 

静寂。

 

 

 

チッ

 

 

 

その音は、時計の秒針の音よりも小さな、微かな音だった。

 

普通であれば聞き逃してしまうような音。

 

しかしキタムラはその音を聞き逃さなかった。

 

 

 

栗松の舌打ちの音を。

 

―――

――

 

 

宍戸先輩とキタムラは、大会に向け、選ばれたメンバーだけで行われる練習に向かった。

 

 

 

終始、栗松のことを考えていた。

 

見たか。これが実力だ。

 

ざまあみろ。

 

 

 

いい気味であった。今頃、栗松はどんな気持ちでいるのだろうか。悔しさのあまり泣いているだろうか。

あるいは必死に、練習でもしているのだろうか。

 

 

そんなことを考えていると、宍戸先輩がこう言った。

 

 

 

 

 

「栗松、選ばれなかったな。」

 

 

 

 

 

それは、どんな意図があって出てきた言葉だったのか、キタムラにはわからなかった。

 

 

キタムラにはその言葉が、どこか、寂しそうにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わり、別で練習していたすべての部員たちも集められ、その日の部活が終わった。

 

各々が、教室や部室に戻る中、1人の部員が、キタムラに近づいてきた。

 

 

 

栗松だった。

 

 

 

キタムラは身構えた。

 

 

殴られるのか?蹴りか?何を言われるのか、いや、何を言われても俺は大会メンバーだ。

そして栗松は、選ばれなかった。

なんでも言ってみろ。

 

 

 

栗松は、目の前まで近づくと、キタムラの目を見た。

 

 

 

 

 

 

「キタムラァ、おめでとうヤ。」

 

 

 

 

 

 

そう言うと、栗松は表情を変えることもなく、背中を向け、校舎の方へ帰って行った。

 

意外な一言に、キタムラは困惑してしまった。

 

 

 

 

「……あ………ありがとうございます…でヤンス…」

 

 

 

 

あの栗松が、おめでとうを…?

 

キタムラは、素直に喜ぶことが、なぜかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

キタムラは、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、校舎へ戻った。

 

 

栗松も、かつてはサッカーを本気で愛していたはずだ。

 

大会メンバーに選ばれなかったことは、純粋に悔しかったのだろう。

 

練習をしている姿を、正直あまり見たことはなかったが、やはりどこかではまだ、メンバーに入りたいという想いがあったのではないか。

 

だからこそ、選ばれたキタムラに対して、素直におめでとうと、伝えたかったのではないだろうか。

 

 

 

キタムラは心のどこかで、そうであって欲しいと、願っている自分がいることに少し驚いた。

 

あんな仕打ちにあっても、なぜ同情してしまうのだろう。

 

もしくは、栗松を信じ続けていたい、宍戸先輩のためなのかもしれない。

 

 

 

 

そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

帰宅の準備をしていると、教室のドアをノックする音がした。

 

ん?誰だ?

 

キタムラがドアを開けると、そこには

 

 

 

 

 

栗松の姿があった。

 

 

 

 

 

「よォ、いっしょに帰ろうヤ、代表のォ、キタムラ選手。」

 

 

 

 

 

その口調と表情は、いつもの”罰ゲーム”の時の栗松だった。

やっぱり、何も変わってなどいなかった。

 

モヤモヤしていた心は、スッキリ晴れた。

それも、人が死ぬレベルの、

猛暑日級の晴れだ。

 

 

 

 

 

「ほらァーワイの荷物持ってくれヤ。

 

あァーでも全部持たせたらかわいそやのー。

 

せや、キタムラの財布ワイが持っといたるワぁ」

 

 

 

 

 

荷物を持たされ、両手が塞がったキタムラのポケットから、

 

栗松は財布を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪だ。

 

キタムラの財布から出した1000円札をヒラヒラさせ、コンビニに入っていく栗松の背中を見ながら、重たい二人分の荷物を持ち、店前に立っていた。

 

雑にポケットに戻された財布がはみ出ているが、両手が塞がり直せない。

 

少しでもアイツに同情したことが悔しい。

 

こんなカスのことを…。なぜ心配してしまったのか…。

 

 

 

 

やはり、宍戸先輩は、こいつに騙されているんじゃ…。

 

友達を信じていたい気持ちはわかるが、そうも言っていられない。

 

世の中は残酷だ。

 

宍戸先輩のように、だれかを信じて、信じて、

信じて、

 

その優しさが仇と成って

結局損をしてしまう。

 

そんなことばかりじゃないか。

どうして優しさはいつも報われないんだ、敗北するんだ。

 

人の優しさにつけ込んで、縋って、

そうやって生きている、嫌なやつばかりが得をする。

そのことが悔しかった。

 

今はただ、自分がされてきたことへの怒りや苦しみよりも遥かに、

宍戸先輩がここまで栗松を思っていながら、どうして栗松はこうなんだ、と。

ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キタムラくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと声がして、横を向くと、

 

 

そこには石川がいた。

 

 

 

一体…なぜここに……?

 

 

 

 

 

 

 

続く

第3話 幻のOB

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

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第三話 幻のOB

 

 

「はい、もしもし」

 

キタムラは電話を取った。

 

「よォー、ワイや。っつーか、語尾どしたんヤ。舐めとんかァー?」

 

 

 

栗松だった。

帝刻学園との親善試合が終わった後、キタムラは同期たちと食事に行こうとしていた。そこで電話をかけてきたのが、この男だった。

 

 

「す、すみませんでヤンス…。お疲れ様でヤンス。何か御用でヤンスか…??」

 

 

キタムラは嫌な予感がした。

 

この男が絡むと、全てが崩れる。帝刻との試合もそうであった。

栗松のパスのタイミングがズレたことによって、キタムラはオフサイドとなってしまい、決定的なチャンスを逃したのである。

 

 

 

そしてまた、キタムラの嫌な予感は的中した。

 

 

 

「なあキタムラァー、今から部室来うへんかァー。居残り練習しようヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同期との集まりをドタキャンしたキタムラは、駆け足で部室へと向かった。居残り練習、栗松からはそう言われたが、どうせまたしょーもない、いじめが行われるのだろう。

 

宍戸先輩の言葉が頭をよぎる。

 

いつでも頼ってくれ。

 

しかし、そう簡単に頼ることはできない。SOSは簡単な事ではないのだ。

 

 

SOSの声があちこちで上がる今の世の中。

だが、本当のSOSは、見えないところにあるのだ。

たすけて、そのたった四文字の声を上げることが

どれだけ難しいことか。

キタムラは、中学生ながらそのことをわかっていた。

 

 

1人でやるしかない。

 

 

宍戸先輩に迷惑をかける訳にはいかない。

 

 

なんとかするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に着いたキタムラは、スッとドアにそっと手をかけた。

 

そのときである。

 

 

「いやぁ〜ほんとでヤンスね!」

 

 

今にもドアを引こうかという瞬間、キタムラが耳にした声は、確かに、栗松の声だった。

 

部室の中で、栗松が、誰かと会話をしている。

 

 

しかも栗松の語尾が

 

 

「でヤンス」である。

 

 

 

一体なにが、起こっているのだろうか…。

 

 

 

扉をそっと引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えるよりも先に、キタムラはそう口にしていた。

 

そこにいたのは、"伝説の世代"と共に戦った一員として一世を風靡した、

 

白連中OBの吹雪選手だった。

 

 

キタムラが最も憧れていた、名プレイヤーである。

 

 

 

 

「あ、君がキタムラくん?はじめまして!」

 

 

 

 

爽やかすぎる。三ツ矢サイダーか?いや、カルピスなのか?

清涼飲料水かと思うような爽やかさである。

 

 

 

キタムラは緊張しながらも、吹雪と挨拶を交わし、会話をするうちに、どうしてこの状況が生まれたのか、概ね察した。

 

吹雪さんは、日本代表時代に拠点となっていたこの中学の部室に、置き忘れた道具を取りに戻ってきていたようだった。

 

そこにたまたま現れた栗松。

栗松が部室を訪れたのは紛れもなく、キタムラをいじめるためだ。

 

帝刻との親善試合がちょうど今日行われていたこともあり、吹雪さんは最近の雷問中サッカー部事情について、栗松に聞いていた、といったところだろう。

 

幸いなことに、得点を決めた1年生として、あの吹雪さんに覚えてもらうことができたようだ。

 

 

 

「ところで、キタムラくんはなんでこんな時間に?」

 

 

 

答えようとすると、栗松が割り込んできた。

 

 

 

「お、俺が呼んだでヤンスよ!探し物、こんなにすぐに見つかると思わなかったでヤンスから、手伝いにと思って。いやぁキタムラ、悪かったでヤンスよ。もう帰って大丈夫でヤンス!」

 

 

 

どうやら栗松は、先輩にペコペコしている姿を見られるのが嫌なようだった。

 

 

部室を出たキタムラは内心ほっとしていたが、どこかで、何かが引っかかるような、そんな気持ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

かつて栗松をいじめていた、野球部の先輩たち。

彼らは、我がサッカー部が誇る"伝説の世代"とも同じ学年だったと、宍戸先輩から聞いていた。

 

きっと栗松も、雷問中の"伝説の世代"の選手たちや、共に戦うため他校から来ていた吹雪さんたちに、SOSを出したかったはずだ。

 

でも出せなかった。

 

宍戸先輩が言っていた、栗松の優しさ。

 

迷惑をかけたくないという思いが、彼自身をどん底に陥れたのだろう。

 

 

 

 

いけない、何をあんな奴に同情しているんだ!

 

と思いながらも、キタムラはモヤモヤしていた。

 

同期たちとの食事も、今更やっぱり行く、なんてな…。

今日はもう、帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川沿いの土手を俯きながら歩いていたキタムラは、数十メートル先でこちらを向いて立つ、1人の影に気がついた。

 

暗がりの中、確かにそこに、誰かがいた。

 

こんな時間に、いったい誰が…? 

 

 

 

人影にだんだんと近づいていくと、こちらを向いているのが、ますますはっきりとわかった。

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

聞いたことのない声だった。

 

 

 

 

「誰…?ですか…?」

 

 

 

 

聞き返すキタムラは、少し怯えていた。

 

今の福岡では、こんな暗がりで話しかけてくるのなんて大抵、親父狩りや喧嘩好きのチンピラたちだ。

 

しかし、ここで負けているようじゃ漢じゃない。

 

九州男児の血は騒ぎ始め、キタムラの拳に力が入った。

 

 

反撃する準備はできていた。

 

 

 

 

 

ところが、その拳はすぐに解けた。

 

 

青年は、暖かい笑顔で、こちらを見ていた。

 

 

 

「はじめまして。おれ石川。よろしく」

 

 

 

突然の挨拶に反応ができずにいるキタムラ。

 

石川と名乗る青年は右手を前に出し握手を求めた。

 

何も言えないままキタムラは、流れのままに、石川と握手をした。

 

 

 

 

 

 

まさかこの出会いから、あんなことになるなんて…キタムラはこの時、全く考えられるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川は、隣の県に住む、同い年のサッカー少年だった。

 

今日、たまたま帝刻との試合を観戦していた石川は、同学年ながら大きな活躍をしたキタムラに興味を持ったようだった。

 

石川とキタムラは、河川敷をしばらく歩き、お互いの話や、サッカーへの思いを語り合った。

 

キタムラは、友達が新しくできたことを嬉しく思った。石川と別れた後も、少しウキウキで、帰宅した。

 

 

 

 

 

ついに明日、春の大会のメンバーが決まる。

 

今はもう、不安よりも、楽しみの方が大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな集まったか?それじゃあ、早速、メンバーを発表する。」

 

響木監督を囲むようにして座った大勢の部員たちの中で、キタムラは心臓がはち切れそうだった。

 

 

 

「少林!壁山!立向居!」

 

 

 

呼ばれた先輩たちが、1人ずつ立ち上がっていく。

 

 

 

呼んでくれ。

 

 

 

キタムラの鼓動は高まる一方であった。

 

 

「宍戸!」

 

 

宍戸先輩だ…!

 

 

キタムラは、宍戸先輩が大会メンバーに選出されたことが、自分のことのように嬉しかった。

 

 

 

しかし、ここで大事なことに気がつく。

 

 

 

 

 

あと1人だ。

 

 

 

 

 

メンバーの枠は、あと1人である。

 

キタムラは、まだ呼ばれていない。

 

そして、

 

栗松も。

 

 

 

 

 

響木監督が、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

呼んでくれ…。

 

 

 

 

 

「次で、最後の1人だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

…!

 

 

 

 

 

続く

第2話 襲来 帝刻学園

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

ーーーーーー

 

第二話 襲来 帝刻学園

 

栗松。

雷問中サッカー部の3年生、役職はない。

1年生で日本代表に選出されたものの、目立った成績も残せぬまま帰国し、そこから練習態度が悪化。”伝説の世代”が卒業すると、今度は後輩たちをいびる、最低最悪の栗へと変わってしまった。

 

もともと語尾につけていた「でヤンス」は、栗松自身のものではなかった。彼もまた、野球部の厄介な先輩たちに目をつけられ、「でヤンス」を語尾につけるよう強制されていたのであった。

 

その先輩たちが卒業した今、「でヤンス」を押し付ける権利、通称”デャンス権”を獲得した栗松は、サッカー部内の後輩に対し、「でヤンス」を押し付け、自身が経験した痛みを与える側となったのである。

 

 

なんと残酷な、悲劇の連続なのだろうか。

 

 

 

宍戸先輩は、そんな栗松の裏の顔に唯一気づいている3年生だった。

 

 

あの日、宍戸先輩は部室の中で、全てを教えてくれた。

 

 

「気づいていながら止めることもできない、俺なんかじゃ頼りにならないかもしれないけど、なるべく俺の近くにいてくれればアイツがいじめてくる事はきっとないから…。」

 

 

 

 

 

あの日から、キタムラへの影での"罰ゲーム"は続いたが、宍戸先輩だけはいつも味方だった。

 

「アイツは変わっちゃったんだ…。本当はサッカーも好きで、友達思いで…あんなやつじゃなかったのに。」

 

 

 

人はいつしか、変わってしまうものである。

自然の摂理だ。

真の姿と思っていたものが、ある日を境に変わってしまう。

あるいは、見ていたものが偽りの姿であったのだと、気がつくことなのかもしれない。

 

そんなことは誰もが経験するだろう。

 

他人だけじゃなく、自分のことだって、真の姿なんてものはよくわからない。

キタムラもまた、自分の本当の気持ちを疑う毎日を過ごしていた。

人は変わるのだ。

変わりながら、

柔軟に、

型にはまっていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春はあっという間に過ぎて行った。

 

過ごしやすかった空気は、次第に鬱陶しい、ジメジメとした空気へと変わっていく。

 

桜色に染まっていた通学路の河川敷は、いつのまにか緑色になっていた。街には慌ただしさが溢れかえり、キタムラは憂鬱な気持ちを募らせていた。

 

 

1ヶ月後に行われる、帝刻学園との親善試合。そこでの成績で夏大会のメンバーが決定される。

 

キタムラは賭けていた。

 

ここで地位を確立できれば、デャンスの呪縛から解放されるのではないかと…。

 

実際キタムラは、同学年の中ではダントツトップの評価、夢ではなかった。

 

下を向きながら通学路を歩くキタムラ。

 

ふと横から、声がした。

 

 

「よォーキタムラァ。丁度えェとこヤ、ワイの荷物、学校まで持ってってくれんかのォー。ほいッ」

 

 

「うっ……わ……わかったでヤンス!」

 

 

こいつだけが、唯一の壁。

 

全ての計画を狂わせる。

 

重い荷物を両手に、キタムラはさらに下を向いた。

 

頼む、サッカーだけに集中させてくれ。

キタムラの願いは届くはずもなく、罰ゲームはいつまでも続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1ヶ月はあっという間に過ぎた。

 

 

 

帝刻学園とは、かつてバチバチの関係であったと聞いていたが、そんな様子はなく、非常にフレンドリーな空気で親善試合は始まった。親善という単語が、まさにぴったりだと、キタムラは思った。

 

 

試合が始まる。

 

キタムラはベンチスタートだった。

 

交代人数に制限はなく、お互い部員全員を試すのに良い機会であった。

 

 

 

前半、スタメン出場していた栗松は、アップを始めたキタムラに対し、クリアボールを的中させた。

 

何しやがる…。絶対にわざとじゃないか。

そんな事を思いながらも、キタムラは我慢した。

 

名前が呼ばれて、試合に出てからのイメージを作らなければ。

 

その後も栗松は、キタムラの方向へ何度もボールを蹴った。

 

それも、自然な試合の流れの中で。

 

誰もそれが"罰ゲーム"だとは気がつかない。

 

もはや才能なのではないか。

 

キタムラではなく、ゴールを狙えばいいのではないか?

 

 

 

そんなことを考えているうちに、前半が終わった。いよいよ後半、出番が回ってくる。

 

2年生の先輩と交代でピッチに入る。

やっと、ここへ来た。

 

やれることを全てやろう。

 

 

 

 

「よろしくなァーキタムラ、楽しもうヤ、この"ゲーム"」

 

 

 

後ろの方から声がした。

キタムラは前だけを向いていた。

あんなの、チームメイトではない。

俺は、俺がやれることをやるだけだ。

 

0-0の試合が動いたのは後半が始まってすぐのことだった。帝刻学園の1年、川島が目にも止まらない速さでディフェンスを追い抜くと、そのまま1人でゴール前へ。

 

「立向居!止めてやれ!」

 

そんな声援すらもスローモーションに感じるほど、一瞬にして川島のシュートはゴールネットを揺らした。

 

「ヤッタゾボクガキメタンダヤッタ-!ウレシイ!ウレシイ!コレモシカシテメンバ-イリアル?オレモシカシテコレアル?アリエナイカクリツヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ!!トオモッテタケドモシカシテアリエチャウ?ヤッタ!ヤッタ!」

 

ゴールを決めた川島は、誰の耳にも留まらぬ速さで喜びを声にした。

 

なんと早口な、

あ、いや、

なんと恐ろしい1年生なんだ。

 

今の帝刻学園ならば、間違いなく大会メンバーに選ばれるだろう。

 

キタムラも負けていられなかった。

 

 

 

俺も、ここでアピールをしなければ…。

 

 

 

そう思っていると、後半30分、

キタムラにもチャンスが回ってきた。

 

帝刻学園が攻め上がり、守備が甘くなった隙を突いて、キタムラは前へ走った。

 

 

カウンター攻撃だ!

 

 

このままパスをもらえれば、確実に1対1へ持ち込める!

 

 

読み通り、雷問中がボールを奪った。

 

よし。

 

これなら!

 

 

 

 

 

 

「こっちだ!」

 

 

 

 

 

キタムラは声を上げ、ボールの方を振り返った。

 

 

 

 

 

 

その時、キタムラは気がついた。

 

 

 

 

 

 

帝刻からボールを奪ったのが

 

 

栗松であること。

 

 

そして

 

 

全てのディフェンダー

 

 

抜いてしまったこと。

 

 

 

 

 

 

 

まずい…!

 

 

 

 

 

 

 

オフサイドフラッグが上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやァーわりぃのォー、しかしまあキタムラも、ありゃ行きすぎやで…。なァー?」

 

「…す……すみません……でヤンス……」

 

 

栗松は耳元で、さらに続けた。

 

 

「なぁー、おめェさっき、「こっちだ!」言うたよなァー?あらぁどーゆぅ事ヤ。語尾どないしたんヤ?ンああ?」

 

「……すみません…でヤンス……」

 

「こっちでヤンス、やろォ?んあ?」

 

 

…クソが!

あれは確実にわざとだ。

オフサイドになるようにわざと、タイミングを調整していたに違いない…。

貴重なチャンスを…。

 

 

キタムラの頭には怒りが溢れていた。しかし、なんとか収めようと、必死に冷静さを取り戻す。

 

プレー再開だ。

 

 

試合は再び、穏やかな試合展開となった。

 

メンバーチェンジを繰り返しながら、試合は0-1のまま進む。

 

 

そして試合終了間際、

再びキタムラに

チャンスが回ってきた。

 

 

ジワジワと攻撃ラインを上げる雷問中。

 

 

今なら、抜けられる!!

 

 

ボールを持った宍戸先輩が、こちらの意図に気付いたようだ。

 

左サイドをドリブルで駆け上がった宍戸先輩から

 

大きなクロスが上げられた。

 

 

 

今だ!

 

 

 

華麗なオーバーヘッド。

 

 

放たれたボールは

 

 

 

見事ゴールに吸い込まれた。

 

 

 

 

 

やった。

 

 

 

やったぞ…!!

 

 

 

ついに、キタムラが初得点を挙げた。

 

 

 

 

 

「チッ」

 

舌打ちする栗松。

 

 

「ライモンチュウノイチネンセイキタムラ!?アイツハンパナイッテ!ハンパナイ!アリエナイ!ヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ!!スゴスギワロタ!ワロタンゴ!ンゴ!オレモマケテラレナインゴ!ヤルンゴ!テイコクガクエンヲヒッパッテイクンゴ!」

 

泣きながら早口で喋る川島。

 

 

 

 

 

試合はそのまま、同点のまま、終了した。

 

試合後、キタムラは川島と会話を交わし、夏の大会では、決勝戦で会おうと約束した。

 

必ず、この約束を果たす。キタムラは強く誓った。

 

川島も何か言っていたが、早口で分からなかった。

 

 

 

 

 

 

「明日、夏の大会のメンバーを発表する。日本代表選抜組も、気を抜かないように。以上」

 

響木監督の言葉でその日の部活は終了した。

 

 

 

 

 

キタムラは、初得点を祝う会という名目で、同期たちとジョナサンに行くことになった。

 

ファミレスの中でも、ジョナサンは中学生にとっては割高で、ドリンクバーで遊ぶのもやや拒まれる程の、お祝い用高級レストランであった。

 

 

 

努力が報われる事ほど嬉しい事はない。

俺はやったんだ。

やった。

ゴールを決めた。

 

喜びの絶頂の中にいたキタムラ。

 

 

 

 

 

しかし、

ポケットのスマホの振動で我に帰る。

 

 

 

 

 

電話だ。

 

 

 

 

 

画面には

 

 

 

 

 

二文字の漢字が書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く