あらすじ
P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。
この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。
サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。 そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。
スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。
※重要※
この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。
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第五話 開幕!夏大会 キタムラの苦悩
先日、河川敷でいきなり声をかけてきた、あの少年が、
一体なぜこんなところに?なぜこんな時に?
二人分の荷物を抱えているキタムラを見た石川は、
それだけで何が起きているのか察したようだった。
「キタムラくん、こんなことさせられているのかい…?」
「あ、あぁ、まあでも、別に大したことはないよ。
本当に大丈夫だから、気にしないで。
それより、なんでここに…?」
キタムラの返す言葉を遮るように石川は、強い口調で言った。
「こんなこと、あってはいけない!絶対に。正しい、正しい制裁が必要だよ…!」
「せ…制裁だなんて、そんな大袈裟な……」
「いいか?キタムラくん。間違っているものには、同じ、もしくはそれ以上の苦しみを与えて、間違っていると気づかせなきゃいけないんだ。そして同時に、同じ痛みを知らせてやるという、それが制裁なんだよ」
キタムラは戸惑った。
確かに嫌な目にはあっていたが、キタムラにとっては、そんなに大したことではなかった。
ここまで感情的に自分のことを心配する石川が、はっきり言って怖かった。
それに、制裁がうむのは、さらなる悲劇の連続なのではないか。
栗松がかつて、野球部の先輩にいじめられていたことのように。
悲劇が繰り返されるくらいなら、自分が止めてやるんだ。
そう思っていた。
しかし石川は止まらなかった。
「胡散臭く思われるかもしれないけど、聞いてくれ。この水を飲むんだ。これはきっと、君を強くしてくれる。本当の力を引き出してくれる、おまじないなんだ。これを、受け取ってくれ。この水で、君を助けたい。友達だろ?」
「なぁキタムラくん、僕と、本当の強さを探しにいかないか?強さこそ正義だと思うんだ。悪を罰していくのは、強さだよ。お願いだ、一緒に、強さを探しに行こう。」
無理やりペットボトルを握らされたキタムラ。
なんなんだ…。どうして…。
最悪だった。
せっかくできたばかりの友達が、怪しげな水を押しつけてくる。
こんな最悪なことばかり…どうして…………。
ウィーンという音とともに、栗松がコンビニから出てきた。
「んあ?キタムラ、そいつァ、誰やァー?」
キタムラはもう、我慢できなかった。
「す……すいませんでヤンス………!」
そう言って、石川の手を払い、
栗松の荷物を押し付けるように返し、
急いで走った。
「お、おいっ!?」
この場にいたくなかった。
今はただ、栗松とも石川とも向き合うことができなかった。
残された二人の状況が一瞬だけ気になり、少しだけ振り返ると、もう石川は反対方向へ歩いていた。
コンビニで買ったアイスを手に持ちながら、石川とキタムラを交互に見ながら唖然としている栗松だけがそこにいた。
逃げるようにして、家まで帰った。
栗松がテキトーに突っ込んだ財布が、ポケットから落ちそうになり、慌てて直した。
二度と振り向くことなく、走り続けた。
それ以降、しばらく、栗松から”罰ゲーム”を与えられることはなかった。
殆ど、関わりもなくなった。
流石の栗松も、キタムラの突然の逃走に、驚いたのだろう。
また、新たな罰ゲーム担当がいるのだろうか。
そうでない事を、キタムラは願うことしかできなかった。
夏だ。
風に揺れる深緑の葉をまとった、いつもの河川敷の木々を眺めていた。
この街に来て、いろんなことがあった。
そのどれもが薄れてしまうほどに最悪だった出来事たち。
初夏の暑さに加勢するように、心のモヤモヤがキタムラを苦しめる。
キタムラたちを乗せた雷問中のバスは、大会初戦の会場へと向かっていた。
初戦とはいっても、雷問中は夏大会2連覇中の強豪。
シード権によって、二回戦からの出場だ。
高速に乗り、ひたすら走り続けるバスの中には、緊張が走っていた。
それはそうだろう。
”伝説の世代”が築き上げた2連覇という功績。
彼らが卒業した後となっては、その功績は重荷となっていった。
主戦力であった代がいなくなった今、同レベル、またはそれ以上のものを示せるほどの力がチームにはあるだろうか。
皆が不安を感じていた。
しかし、キタムラだけは違っていた。
自分がやればいいだけだ、その心で、少林キャプテンの引っ張るこのチームについてきた。
やるしかない。
キタムラは全神経を、目の前の試合だけに集中させた。
緊張が走るバスの中には終始、響木監督と運転手の古株さんの会話だけが、ボソボソと聞こえていた。
いや、正確に言えば響木監督の声だけがしていた。
古株さんは愛想のいいおじさんだったが、声を発することはほとんどなく、ひたすら黙々と淡々と、清掃業務や事務作業をしているおじさんだった。
響木監督の監督にも笑顔で頷いたり、小さく唸るようにして相槌を打っていた。
ほとんど、監督のラジオである。
監督によれば、今週末のG1はもう、1番人気で固いらしい。
シードによって今年の初戦となった二回戦は、
そんな緊張もほぐれてしまうほどあっさりと、
勝利を収めることができた。
少林先輩がハットトリック達成。二年の宇都宮先輩も2得点の活躍。
5-0の完勝だった。
キタムラは、ベンチから立ち上がることもなかった。
悔しい気持ちもあったが、当然だろう。自分はまだ一年。
それに、サッカーはチームスポーツ。
主人公ではないんだ。
決して、チームのエースだって、守護神だって、主人公ではない。
アニメなんかじゃない。わかってる。
チーム全体が一つの主人公で、そのパーツの一つにすぎない。
自分にできることをやるんだ。
キタムラは自分にそう言い聞かせ、悔しい気持ちを抑えることができた。
いつかベンチで名前を呼ばれたその時に、結果をしっかり残せばいい。
それだけだ。
しかし、人生はそう甘くなかった。
中学生のキタムラにとって、なかなか苦しい現実だったかもしれない。
続く三回戦、四回戦ともに、ウォーミングアップを始めることすらないまま、ベンチで試合が終わっていった。
主戦力の選手たちを温存するため、三年生のベンチ組が交代要因として呼ばれるたびに、キタムラは悔しさを感じずにはいられなかった。
すっかり初夏とも言えなくなった炎天下、眩しいほどに、青い芝が輝いていた。
見事四回戦も勝利を収めた出場選手たちが、ベンチのほうへ戻ってくる。
キタムラは、誰よりも早くロッカールームへ撤収しようと準備を始めた。
チームは勝った。でも、やっぱり…。
悔しい。
「キタムラ!」
声がして顔を上げると、宍戸先輩がこちらへ走ってきた。
「やったなキタムラ!次で準決勝だ。3連覇も少しずつ見えてきたな」
「いやぁ、ほんとですね…。ほんと、おめでとうございます!」
他人事みたいな言い方だ。そりゃあそうだろう。
大会メンバーには入れたものの、試合で何か貢献できたわけではない。
「なんでそんな他人事なんだよ」
当然のご指摘だ。
「キタムラお前、わかってないな。試合はもう、練習のときから始まってるんだよ」
宍戸先輩は続ける。
「一緒に練習して、練習相手になってくれて、それだけでもう、
チームの得点に貢献してる、仲間じゃないか。武士道の精神だよ!」
仲間という言葉を聞いたのは久しぶりだ。
そんな言葉、もう、クサくてなかなか言えないや。
でも、なんかいいな。
キタムラは照れくさい気持ちのまま、笑って見せた。
宍戸先輩は笑顔を返すと、不意に客席の方を見上げ、手を振った。
そこには、
栗松が笑っていた。
グッドポーズをした栗松が、宍戸先輩の方に、笑顔を向けていた。
仲間。
栗松は、宍戸先輩のことを、仲間と思っているのだろうか。
宍戸先輩は、光だ。
自分にはなれないような、光を持っている。
聖人だ。太陽だ。
そんなことを考えているうちに、どんどん陰っていく自分に嫌気が差す。
せめて、月でいられたら。
自分で光ることができなくても、恒星でなくても、太陽に照らされて輝いている、月でいられたら。
そんなことを思いながらカッコつけていると、突然、視界が暗くなった。
驚いて上を見上げると、目の前に響木監督が立っていた。
「キタムラ、ちょっとだけいいか。お前に話がある。」
続く