キタムライレブン

雷問中サッカー物語

第7話 帝国との約束、古株との気まずさ

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

ーーーーーー

 

第七話 帝刻との約束、古株との気まずさ

 

 

帝刻の負けを知らされたキタムラは、もう一つの準決勝が行われていた隣の会場へ駆けつけた。そこそこの距離があったが、試合後だということも忘れてしまうほど、キタムラは必死になって走った。

 

あの帝刻が負けた。

 

決勝で会うと約束をした、あの帝刻学園が。

 

 

 

0-10で…。

 

 

 

 

 

 

「川島!」

 

 

帝刻中学のバスに乗り込もうとする川島を見つけると、反射的に声が出た。

 

川島は何かに怯えた様子で、恐る恐る振り向いた。

 

 

「アイツラ……ニンゲンジャナイ………カテナイ……アリエナイ…カクリツ…ヤムチャガテンカイチブドウカイデイッカイセンヲトッパシタトキクライアリエナイ……。」

 

 

相変わらず、川島は早口で言った。

 

 

「ありえないなんてことはない!!お前たちの分まで…おれらが絶対に勝つ!いいか川島!!これは約束だ!!聞いてくれ!!川島!!」

 

「ウワァァァ……」

 

キタムラは、呻くようにしながらバスに乗り込んでいく川島の、背中を見ながらはっきりと言った。

 

 

「約束だ!川島。おれは絶対に、世宇酢中を倒す!」

 

 

約束だ。

 

一方的かもしれないが、これは漢の約束だ。

 

絶対に世宇酢中を打ち破るんだ…。

 

 

 

それにしても、帝刻を破った世宇酢中という学校。

聞き覚えのない学校だ。

 

一体どんな選手がいるんだ。それにあの帝刻が0-10だなんて。

凄まじい力だ。

 

待てよ。

 

もしかしたら、世宇酢中も近くにいるかもしれない。

 

そう思い、辺りを探し回っていた時、ポケットのケータイが鳴った。

 

音無さんからだ。

 

 

「もしもしキタムラくん!?今どこにいるの!?監督が用事あるって、もうバス出ちゃうわよ!?近くずっと探してたんだよ!?何度も電話もしたのに。」

 

 

まずい。

完全に忘れていた。

チームのバスの出発時刻はとうに過ぎていた。

ケータイの着信音にも気が付かないほど夢中で走っていた。

 

 

「あ、すみません…。今、隣の会場にいて…。」

 

 

「隣会場!?!?何してるの!?まったく…。古株さんがもう一台手配してくれて、30分後に迎えにいくみたいだから、そこにいてよね!」

 

 

こちらの返答を待つ間もなく電話は切られた。

 

足が疲れている。

 

そうか、そういえば、さっきまで準決勝が行われていたんだ。

 

そんなことも完全に忘れていた。

 

その上、隣会場まで走りすぎて、疲れてしまっていたようだ。

 

今日は帰ったらたくさん寝よう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏とはいえ、やはりまだ、夕方になれば少し涼しい。

ピークはまだこれからだと、天気予報士がラジオで言っていた。

心地よい風がキタムラの頬をかすめ、まだ完全とは言えない緑色の葉を、ゆっくりと揺らす。

 

こんな穏やかな時間が続けばいいのに。

感情の起伏に疲れる日々も悪くないが、こうして緑を眺めている時間が、何よりも幸せじゃないかと、そう感じることが歳をとるほど増えてきた。

 

その時、駐車場のベンチで仰向けになっていたキタムラの視界に、大きな影が差し込んだ。

 

 

「おまたせぇキタムラくぅん。」

 

 

「わっ…!!」

 

 

驚き、起き上がると、目の前には古株さんが立っていた。

 

 

 

「あっ、古株さん、すみません…!わざわざ来ていただいて…。」

 

 

 

「いやいやいいんだよぉ。実は私も寄りたいところがあって行ってきたんだぁ。」

 

 

 

長く伸びた白髭をこすりながら、古株さんはミニバンへ向かう。

 

皆を乗せたチームバスは、監督自らが運転して帰ったようだった。

 

古株さんとは話したことがほとんどなく、生態も謎に包まれていた。

正直、気まずかった。

70歳前後のおじさんと2人きりのドライブほど、キタムラにとって気まずいものはない。

 

キタムラは後ろのドアを開けようとしたが、後部座席に大量の天然水が置いてあることに気が付き、断念した。

 

助手席しか

 

空いていない。

 

 

仕方なく助手席に乗ると、古株さんはさっそく水をグビグビ飲んでいた。

 

2Lのペットボトルから直接、文字通りグビグビと音を立てながら、管に水を流し込むかのように水を飲む古株。

 

それを横目で見ながらシートベルトをそっとつけるキタムラ。

 

「…あっ……おねがいします……。」

 

ニコリと微笑む無言の古株。

 

発車した。

 

もう、すでに気まずい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無音の時間ほど、心を無にするのが難しい。

 

古株さんと二人きりの車内で、気まずさを誤魔化すため眠りにつこうと努力したキタムラだったが、いつまでたっても眠ることができない。無言の車内で研ぎ澄まされた耳は、古株さんが水を飲むグビグビという音や、古株さんの小さなゲップのような謎の音を感知し、目を瞑ったキタムラは全く寝付けずにいた。

 

薄目で腕時計を見るが、まだ10分も走っていなかった。

 

苦痛だ。

 

この時間がどれだけ続くのだろう。

 

 

ますます研ぎ澄まされた耳は、古株さんの鼻息をも感知し始めた。

 

フンガ、フンガという荒い息の音が、右側に少し離れた場所からする。

 

もはや獣だ。

心優しき獣だ。

だがそれでも、獣であることに変わりはない。

 

フンガ、フンガ。

 

先ほど後部座席にあった大量の天然水。

30本はあっただろうか。一体この獣は、この水を1人で飲むつもりなのだろうか。

 

寄りたいところに行っていた、というのはおそらく、この水を買いに行っていたのだろう。

 

フンガ、フンガ。

 

なんのために?

 

フンガ、フンガ。

 

そりゃ飲むためだろう。

 

フンガ、フンガ。

 

こんな大量に?

 

フンガ、フッ、グビグビ。クァー。フンガ、フンガ。

 

まあ、このおじさんならば、おかしくないだろう。

 

そう思っているうちに、キタムラはやがて、眠りにつくことができた。

 

 

 

 

 

 

猪に囲まれている夢を見ていた。

 

フンガ、フンガ。

 

自分を囲む猪たちは、こちらを見ながらゆっくりと自分の周りを回る。

 

フンガ、フンガ。

 

荒い呼吸音が現実のように聞こえてくる。

 

すると突然、猪のうち一匹が、こちらに突っ込んできた。

 

まずい…。

 

 

 

 

 

 

 

ハッと目が覚めた。

まだ車の中にいた。

 

フンガ、フンガ。

 

古株さんの鼻息は先ほどよりも大きな音で聞こえる。

 

いや、これは音が大きくなったのではない。車が動いていないのだ。

 

渋滞だ。

 

キタムラは腕時計を確認すると、先ほど時間を確認してから10分しか経っていないことに気が付き、絶望した。

 

フンガ、フンガ。

 

キタムラが起きたのに気づいた古株さんは、キタムラの方を見て笑顔を見せた。

 

なんの笑顔なんだ。

 

怖いという感情はないが、キタムラにとって古株さんは謎だった。

しかしその謎は探究心をくすぐってはこない。

どちらかといえば興味がない。

本当にただそこにあるだけの、謎。

 

フンガ、フンガ。

 

気まずい。

 

フンガ、フンガ。

 

これを機に話しかけてみるのもありか。

 

フンガ、フンガ。

 

いや、やめておこう。

 

フンガ、フンガ。

 

ゆっくりと進んではすぐに止まる、車。

 

フンガ、フンガ。

 

渋滞は一体どこまで続いているのだろうか。

 

フンガ、フンガ。

 

キタムラは勇気を振り絞って、話しかけた。

 

「水、めっちゃ多いですね。」

 

言ってから後悔した。なんつー会話だ。

最悪の一言目。

会話のやり方を完全に忘れてしまった。

 

フンガ、フンガ。

 

誇らしげにこちらに笑顔を見せてくる古株さん。

 

「全部、飲むんですか?」

 

フンガ、フンガ。

 

「ナイショ。」

 

最悪だ。なんつー会話だ。

 

フンガ、フンガ。

 

全部最悪だった。

 

フンガ、フンガ。

 

渋滞は抜けられる気配がない。

 

フンガ、フンガ。

 

ナイショってなんだよ。マジで興味がない。

水を飲むのかどうか、聞いてナイショ?

なんなんだ一体。

 

フンガ、フンガ。

 

悪気はないのはわかっている。

しかし、ムカついてしまう。

キタムラは、そんな自分が嫌にも感じた。

 

フンガ、フンガ。

 

もう、話せることはない。眠ることもできない。

 

フンガ、フンガ。

 

生き地獄だ。どこまでも、続く。

 

フンガ、フンガ。

 

フンガ、フンガ。

 

フンガ、フンガ………

 

 

 

 

このあと、無言のままの車が雷問中に到着したのは、4時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ決勝か…。」

 

古株さんの運転するチームバスの中に、少林キャプテンの声だけが響く。

 

 

今日は世宇酢中との決勝戦が行われる。

キタムラは未だかつてないほど、緊張していた。隣の席では壁山先輩が震えている。監督も、今日は無言だ。誰もが緊張しているようだった。

 

応援のために、メンバーに入れなかった一部の部員たちも、バスに乗っている。

 

栗松もその一人だ。

 

栗松は一体、今日の試合を、どんな気持ちで見るのだろう。

 

いや、そんなことを考えている場合じゃない

 

キタムラは、帝刻学園との、川島との約束を思い出していた。

 

突如現れ、0-10で帝刻を下した、謎に包まれたチーム、世宇酢。

一体どんなチームなのだろうか。

 

前回の試合で決め切ることのできなかった必殺技。

ワイバーンのような力強さが、まだ足に染み付いている。

 

あと少しで、完成できる。

 

今の自分なら、この自分の右足なら、

どんなチームだろうと、倒せるような、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリジリとした暑さが、バスを降りた瞬間まとわりつく。

 

快晴。

 

決戦の日にふさわしい、スッキリとした空。アスファルトの照り返しが体を燃やすように温める。駐車場から見えるスタジアムには、大勢の観客が列をなしていた。

 

始まる。

 

今日の決勝戦で、終わる。

 

勝戦が始まる。

 

キタムラは真夏の暑さの中、ブルっと、武者震いをした。

 

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

 

ふと声がして、後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

キタムラは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『世宇酢中』と書かれているバスから

 

 

 

 

 

 

 

選手たちが降りてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中の一人が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声はもう一度、

 

 

 

キタムラを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キタムラは確かに、その声に聞き覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね」

 

 

 

 

 

 

 

目の前で、そう声をかけてきたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川だった。

 

 

 

 

 

 

続く