キタムライレブン

雷問中サッカー物語

第3話 幻のOB

あらすじ

 

P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。

この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。

 

 

 

サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。

そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。

 

 

 

スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。

 

※重要※

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。

 

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第三話 幻のOB

 

 

「はい、もしもし」

 

キタムラは電話を取った。

 

「よォー、ワイや。っつーか、語尾どしたんヤ。舐めとんかァー?」

 

 

 

栗松だった。

帝刻学園との親善試合が終わった後、キタムラは同期たちと食事に行こうとしていた。そこで電話をかけてきたのが、この男だった。

 

 

「す、すみませんでヤンス…。お疲れ様でヤンス。何か御用でヤンスか…??」

 

 

キタムラは嫌な予感がした。

 

この男が絡むと、全てが崩れる。帝刻との試合もそうであった。

栗松のパスのタイミングがズレたことによって、キタムラはオフサイドとなってしまい、決定的なチャンスを逃したのである。

 

 

 

そしてまた、キタムラの嫌な予感は的中した。

 

 

 

「なあキタムラァー、今から部室来うへんかァー。居残り練習しようヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同期との集まりをドタキャンしたキタムラは、駆け足で部室へと向かった。居残り練習、栗松からはそう言われたが、どうせまたしょーもない、いじめが行われるのだろう。

 

宍戸先輩の言葉が頭をよぎる。

 

いつでも頼ってくれ。

 

しかし、そう簡単に頼ることはできない。SOSは簡単な事ではないのだ。

 

 

SOSの声があちこちで上がる今の世の中。

だが、本当のSOSは、見えないところにあるのだ。

たすけて、そのたった四文字の声を上げることが

どれだけ難しいことか。

キタムラは、中学生ながらそのことをわかっていた。

 

 

1人でやるしかない。

 

 

宍戸先輩に迷惑をかける訳にはいかない。

 

 

なんとかするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に着いたキタムラは、スッとドアにそっと手をかけた。

 

そのときである。

 

 

「いやぁ〜ほんとでヤンスね!」

 

 

今にもドアを引こうかという瞬間、キタムラが耳にした声は、確かに、栗松の声だった。

 

部室の中で、栗松が、誰かと会話をしている。

 

 

しかも栗松の語尾が

 

 

「でヤンス」である。

 

 

 

一体なにが、起こっているのだろうか…。

 

 

 

扉をそっと引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えるよりも先に、キタムラはそう口にしていた。

 

そこにいたのは、"伝説の世代"と共に戦った一員として一世を風靡した、

 

白連中OBの吹雪選手だった。

 

 

キタムラが最も憧れていた、名プレイヤーである。

 

 

 

 

「あ、君がキタムラくん?はじめまして!」

 

 

 

 

爽やかすぎる。三ツ矢サイダーか?いや、カルピスなのか?

清涼飲料水かと思うような爽やかさである。

 

 

 

キタムラは緊張しながらも、吹雪と挨拶を交わし、会話をするうちに、どうしてこの状況が生まれたのか、概ね察した。

 

吹雪さんは、日本代表時代に拠点となっていたこの中学の部室に、置き忘れた道具を取りに戻ってきていたようだった。

 

そこにたまたま現れた栗松。

栗松が部室を訪れたのは紛れもなく、キタムラをいじめるためだ。

 

帝刻との親善試合がちょうど今日行われていたこともあり、吹雪さんは最近の雷問中サッカー部事情について、栗松に聞いていた、といったところだろう。

 

幸いなことに、得点を決めた1年生として、あの吹雪さんに覚えてもらうことができたようだ。

 

 

 

「ところで、キタムラくんはなんでこんな時間に?」

 

 

 

答えようとすると、栗松が割り込んできた。

 

 

 

「お、俺が呼んだでヤンスよ!探し物、こんなにすぐに見つかると思わなかったでヤンスから、手伝いにと思って。いやぁキタムラ、悪かったでヤンスよ。もう帰って大丈夫でヤンス!」

 

 

 

どうやら栗松は、先輩にペコペコしている姿を見られるのが嫌なようだった。

 

 

部室を出たキタムラは内心ほっとしていたが、どこかで、何かが引っかかるような、そんな気持ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

かつて栗松をいじめていた、野球部の先輩たち。

彼らは、我がサッカー部が誇る"伝説の世代"とも同じ学年だったと、宍戸先輩から聞いていた。

 

きっと栗松も、雷問中の"伝説の世代"の選手たちや、共に戦うため他校から来ていた吹雪さんたちに、SOSを出したかったはずだ。

 

でも出せなかった。

 

宍戸先輩が言っていた、栗松の優しさ。

 

迷惑をかけたくないという思いが、彼自身をどん底に陥れたのだろう。

 

 

 

 

いけない、何をあんな奴に同情しているんだ!

 

と思いながらも、キタムラはモヤモヤしていた。

 

同期たちとの食事も、今更やっぱり行く、なんてな…。

今日はもう、帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川沿いの土手を俯きながら歩いていたキタムラは、数十メートル先でこちらを向いて立つ、1人の影に気がついた。

 

暗がりの中、確かにそこに、誰かがいた。

 

こんな時間に、いったい誰が…? 

 

 

 

人影にだんだんと近づいていくと、こちらを向いているのが、ますますはっきりとわかった。

 

 

 

 

「キタムラくん」

 

 

 

 

聞いたことのない声だった。

 

 

 

 

「誰…?ですか…?」

 

 

 

 

聞き返すキタムラは、少し怯えていた。

 

今の福岡では、こんな暗がりで話しかけてくるのなんて大抵、親父狩りや喧嘩好きのチンピラたちだ。

 

しかし、ここで負けているようじゃ漢じゃない。

 

九州男児の血は騒ぎ始め、キタムラの拳に力が入った。

 

 

反撃する準備はできていた。

 

 

 

 

 

ところが、その拳はすぐに解けた。

 

 

青年は、暖かい笑顔で、こちらを見ていた。

 

 

 

「はじめまして。おれ石川。よろしく」

 

 

 

突然の挨拶に反応ができずにいるキタムラ。

 

石川と名乗る青年は右手を前に出し握手を求めた。

 

何も言えないままキタムラは、流れのままに、石川と握手をした。

 

 

 

 

 

 

まさかこの出会いから、あんなことになるなんて…キタムラはこの時、全く考えられるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川は、隣の県に住む、同い年のサッカー少年だった。

 

今日、たまたま帝刻との試合を観戦していた石川は、同学年ながら大きな活躍をしたキタムラに興味を持ったようだった。

 

石川とキタムラは、河川敷をしばらく歩き、お互いの話や、サッカーへの思いを語り合った。

 

キタムラは、友達が新しくできたことを嬉しく思った。石川と別れた後も、少しウキウキで、帰宅した。

 

 

 

 

 

ついに明日、春の大会のメンバーが決まる。

 

今はもう、不安よりも、楽しみの方が大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな集まったか?それじゃあ、早速、メンバーを発表する。」

 

響木監督を囲むようにして座った大勢の部員たちの中で、キタムラは心臓がはち切れそうだった。

 

 

 

「少林!壁山!立向居!」

 

 

 

呼ばれた先輩たちが、1人ずつ立ち上がっていく。

 

 

 

呼んでくれ。

 

 

 

キタムラの鼓動は高まる一方であった。

 

 

「宍戸!」

 

 

宍戸先輩だ…!

 

 

キタムラは、宍戸先輩が大会メンバーに選出されたことが、自分のことのように嬉しかった。

 

 

 

しかし、ここで大事なことに気がつく。

 

 

 

 

 

あと1人だ。

 

 

 

 

 

メンバーの枠は、あと1人である。

 

キタムラは、まだ呼ばれていない。

 

そして、

 

栗松も。

 

 

 

 

 

響木監督が、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

呼んでくれ…。

 

 

 

 

 

「次で、最後の1人だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

…!

 

 

 

 

 

続く