あらすじ
P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。
この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。
サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。 そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。
スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。
※重要※
この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。
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第四話 謎の少年 石川
「「「宍戸先輩!!おめでとうございます!!」」」
雷問中では、部活がない曜日、部員たちは自主練という形で、それぞれが自分たちで考えたメニューで練習をする。人知れず黙々と練習を重ねる者もいれば、”いつメン”を形成し練習をする者、いろいろなグループを旅する者など、さまざまだった。
中には、部室でゲームをしているだけの者もいる。
栗松のように。
キタムラや、キタムラと特に仲の良い同期たちは、いつも宍戸先輩のもとで練習をしていた。
宍戸先輩は日本代表に選出されていないため、選抜組のいない木曜日の練習では、数少ない3年生として1年生を引っ張っていた。そのため、宍戸先輩を慕っている1年生はとても多かった。
そんな宍戸先輩が、春の大会のメンバーに選ばれたのである。
一年生に囲まれた宍戸先輩は少し照れた表情で感謝を口にした。
「ありがとう。みんなのぶんも頑張るよ!」
宍戸先輩は、その一年生の中にキタムラを見つけると、ハッとした表情で、キタムラの肩に手を置いた。
「キタムラ、一緒にがんばろう。おめでとう!」
―
――
―――
大会メンバー最後の1人、
それはキタムラだった。
選ばれなかったメンバーもいるため、一喜一憂はできない状況で、どんな反応をすれば良いのか、キタムラはわからなかった。
ただ、キタムラは間違いなく、嬉しかった。
静寂の中、キタムラの心の中には、
安堵、喜び、ワクワク、色々なものがあった。
静寂。
チッ
その音は、時計の秒針の音よりも小さな、微かな音だった。
普通であれば聞き逃してしまうような音。
しかしキタムラはその音を聞き逃さなかった。
栗松の舌打ちの音を。
―――
――
―
宍戸先輩とキタムラは、大会に向け、選ばれたメンバーだけで行われる練習に向かった。
終始、栗松のことを考えていた。
見たか。これが実力だ。
ざまあみろ。
いい気味であった。今頃、栗松はどんな気持ちでいるのだろうか。悔しさのあまり泣いているだろうか。
あるいは必死に、練習でもしているのだろうか。
そんなことを考えていると、宍戸先輩がこう言った。
「栗松、選ばれなかったな。」
それは、どんな意図があって出てきた言葉だったのか、キタムラにはわからなかった。
キタムラにはその言葉が、どこか、寂しそうにも聞こえた。
練習が終わり、別で練習していたすべての部員たちも集められ、その日の部活が終わった。
各々が、教室や部室に戻る中、1人の部員が、キタムラに近づいてきた。
栗松だった。
キタムラは身構えた。
殴られるのか?蹴りか?何を言われるのか、いや、何を言われても俺は大会メンバーだ。
そして栗松は、選ばれなかった。
なんでも言ってみろ。
栗松は、目の前まで近づくと、キタムラの目を見た。
「キタムラァ、おめでとうヤ。」
そう言うと、栗松は表情を変えることもなく、背中を向け、校舎の方へ帰って行った。
意外な一言に、キタムラは困惑してしまった。
「……あ………ありがとうございます…でヤンス…」
あの栗松が、おめでとうを…?
キタムラは、素直に喜ぶことが、なぜかできなかった。
キタムラは、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、校舎へ戻った。
栗松も、かつてはサッカーを本気で愛していたはずだ。
大会メンバーに選ばれなかったことは、純粋に悔しかったのだろう。
練習をしている姿を、正直あまり見たことはなかったが、やはりどこかではまだ、メンバーに入りたいという想いがあったのではないか。
だからこそ、選ばれたキタムラに対して、素直におめでとうと、伝えたかったのではないだろうか。
キタムラは心のどこかで、そうであって欲しいと、願っている自分がいることに少し驚いた。
あんな仕打ちにあっても、なぜ同情してしまうのだろう。
もしくは、栗松を信じ続けていたい、宍戸先輩のためなのかもしれない。
そんなことを考えていた。
帰宅の準備をしていると、教室のドアをノックする音がした。
ん?誰だ?
キタムラがドアを開けると、そこには
栗松の姿があった。
「よォ、いっしょに帰ろうヤ、代表のォ、キタムラ選手。」
その口調と表情は、いつもの”罰ゲーム”の時の栗松だった。
やっぱり、何も変わってなどいなかった。
モヤモヤしていた心は、スッキリ晴れた。
それも、人が死ぬレベルの、
猛暑日級の晴れだ。
「ほらァーワイの荷物持ってくれヤ。
あァーでも全部持たせたらかわいそやのー。
せや、キタムラの財布ワイが持っといたるワぁ」
荷物を持たされ、両手が塞がったキタムラのポケットから、
栗松は財布を取った。
最悪だ。
キタムラの財布から出した1000円札をヒラヒラさせ、コンビニに入っていく栗松の背中を見ながら、重たい二人分の荷物を持ち、店前に立っていた。
雑にポケットに戻された財布がはみ出ているが、両手が塞がり直せない。
少しでもアイツに同情したことが悔しい。
こんなカスのことを…。なぜ心配してしまったのか…。
やはり、宍戸先輩は、こいつに騙されているんじゃ…。
友達を信じていたい気持ちはわかるが、そうも言っていられない。
世の中は残酷だ。
宍戸先輩のように、だれかを信じて、信じて、
信じて、
その優しさが仇と成って
結局損をしてしまう。
そんなことばかりじゃないか。
どうして優しさはいつも報われないんだ、敗北するんだ。
人の優しさにつけ込んで、縋って、
そうやって生きている、嫌なやつばかりが得をする。
そのことが悔しかった。
今はただ、自分がされてきたことへの怒りや苦しみよりも遥かに、
宍戸先輩がここまで栗松を思っていながら、どうして栗松はこうなんだ、と。
ただそれだけだった。
その時であった。
「キタムラくん!」
ふと声がして、横を向くと、
そこには石川がいた。
一体…なぜここに……?
続く