あらすじ
P◯RIKURA MINDのギタリスト、キタムラユウヤ。
この物語は、彼がバンドを組むよりも10年ほど前の物語である。
サッカー部廃部の危機からわずかな期間で全国大会を制し、国内に留まらず世界にその名を轟かせた『雷問中』。その後も、"伝説の世代"が連覇を果たし、雷問中は日本を代表する強豪校となっていた。 そんな強豪校から”伝説の世代”が卒業し、新たな時代を迎えようとしているその時、雷問中へと続く桜並木の下を歩く、一人の男、いや、漢がいた…。
スポーツ推薦で福岡から上京し、雷問中サッカー部に入部するキタムラ。しかし、その身に降りかかるいくつもの試練や、栗松…。キタムラはその全てを、乗り越ることができるのか。笑いあり、涙あり、元ネタわからないとクソおもんない、ちょっぴり泣けるコメディ。に、したかった。
※重要※
この物語は完全なフィクションであり、実在する人物や団体、既存の作品などとは一切ほんとにマジでガチで超ウルトラ全く関係がありません。
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第八話 現る、神の使い手 世宇酢中
「知り合いなのか?」
世宇酢中のバスを降りた石川は、キタムラにそう尋ねた立向居に微笑みかける。
「え、ええ…。ちょっと前に知り合って…。」
「あ、立向居さんですよね。キタムラの友達の、石川って言います。我々は神の使い手、世宇酢中。僕はそのキャプテンをやってます。今日は、よろしくお願いしますね」
突然の挨拶に、立向居も困惑していた。
神の使い手…?
一体何を言っているんだ。
近くにいた雷問中の皆が困惑していた。
キタムラも、そのうちの一人だった。
―
――
―――
「この水を飲んでくれ」
「この水で、君を助けたい。友達だろ?」
「僕と、本当の強さを探しにいかないか?」
―――
――
―
石川の言葉を思い出していた。
宗教臭い、怪しげな水と共に僕の前に現れた、石川。
あの時を最後に、石川と出会うことは一度もなかった。
まさかこんな形での再会が待っているとは、思ってもいなかった。
キタムラは嫌な予感がしていた。
神の使い手だと名乗る石川。
間違いなくヤバい何かがあると、察した。
得体の知れない何かに対する不安。
“強さ”に対する執着を見せていた石川は、同じような不安から、存在しているのかもわからない神の名を借りて、神の使い手を名乗っているのだろう。
「みんな、行こう!」
そんな不安を抱えたまま、少林キャプテンが呼ぶ方へ、キタムラは向かった。
やるしかない。
スタメンに選ばれたキタムラは、試合開始のホイッスルと共に、前へ駆け出した。
川島との約束が頭をよぎる。
帝刻学園を破った世宇酢中を、今度は自分たちが倒すんだ。
「キタムラ!いけ!」
ドリブルで突き進んだ少林からのパスを受けたキタムラ。
ゴールまでは2枚。
行くぞ。
ディフェンダーをあっさりかわしたキタムラは、秘伝書に書かれた乱雑な文字と、前回の試合で感じたパワーを頭に甦らせる。
力を一点に集中させる。
力強く、右足をボールにぶつける。
そうだ、この感覚だ。
「いけ!!!!」
右足から放たれたボールは、ワイバーンの如く、全てを破壊するかのような勢いで、ゴールへ一直線に伸びた。
決まった!!ついに、必殺技が完成した!!
そう思っていたキタムラは、
次の瞬間、
絶望を目にすることになる。
立ち尽くす雷問イレブン。
キタムラの放ったシュートは
世宇酢中ゴールキーパーに
あっさりキャッチされてしまった。
それも、
右手だけで。
「お、おい……嘘だろ……?」
誰もが唖然としている中、やっと宍戸先輩が声を出すと、それにつられるようにして、スタジアム全体がザワザワと、騒がしくなった。
「どう?キタムラくん。」
気がつくと、キーパーからボールを受け取った石川が、目の前に立っていた。
「これが、本当の強さだよ。僕らは、神の力を授かっているんだ。」
「な……何を言ってんだよ……石川。」
「そうか、君はまだ、わかってくれないか。君には期待しすぎたよ。もっと頭がいいと思っていたんだが…。」
試合中とは思えないほどの余裕っぷりでリフティングを始めた石川。
「あの時、僕と一緒に、強さを探しに行くと言ってくれていたら、君もこっち側だったのに。仕方がない。これを見ればわかるさ。」
そう言うと石川は、不意にボールを少し高く、蹴り上げた。
かと思うと、そのボールをこちらに向かって蹴った。
ボールはキタムラの真横を物凄い速さで通り過ぎた。
遅れて衝撃波のような風が、髪を揺らした。
振り向くと、ボールはポストに弾かれ、
ゴール後ろの芝生にめり込んでいた。
「あーあっ。外しちゃった。じゃ、楽しもうね。」
そう言うと石川は小走りでキタムラを追い抜いた。
今見たものは、何だったんだ………?
信じられない光景を前に、雷問のメンバーたち、いや、そこにいる全員が言葉を失っていた。
ゴールキックでプレーが再開されると、試合はすぐに動いた。
世宇酢中は恐ろしい速さでボールを奪い取ると、目にも止まらぬシュートで先制した。
一瞬の出来事だった。
その後も世宇酢中は、雷問中を弄ぶかのように余裕を見せては反撃を繰り返し、石川が2点を追加するなどした結果、試合は0-3となった。
日差しが苦しいほどに強い。
暑さが苦手だったキタムラは、ベンチへ向かい水分補給をした。
古株さんを思い出す。水を飲むだけで思い出してしまう、あの地獄の時間。
フンガ、フンガ、と、今にも真横から聞こえてきそうなほど鮮明に焼きついてしまった古株さんの給水。
ふと、相手ベンチを見ると、相手チームも石川を含めた数人が水分補給をしていた。
前半はまだあと15分ほどあったが、流石に今日の暑さで走り続けていては、いくら神の使い手とは言えど厳しいだろう。
そういえば、あの石川も、水を渡そうとしてきた。
水というものに、ここ最近良い思いをしていない。
こうして水を飲んでいる今も、打開策が思いつかないまま、石川率いる世宇酢中にボコボコにされ続けている。
どうにか、打ち破る方法はないだろうか。
先ほどの自分のシュートは、もう完成したという実感があった。なのに止められたショックは多少あったが、可能性を感じ始めていた。何か一つ、加われば変わるのではないか。
そんなことを考えながら、キタムラはすぐにピッチへ戻った。
「キタムラ、ちょっといい?」
こんな状況でも、少林キャプテンは冷静な表情をしていた。
息を整えて水分補給をしているキタムラに、少林は耳打ちした。
「さっきの技だけど、あれ二人技でやってみない?」
急な提案だった。
二人技。
二人がかりで打つ必殺シュート技だ。
簡単ではないことはわかっていた。
そんなものを急に提案され、キタムラは動揺した。
でも、今できることはそれしかなかった。
やるしかない。
「決めましょう」
誓った。
漢キタムラは、約束を破ることが大嫌いであった。
スタンドを見ると、川島がこちらを見ていた。
絶対に勝つ、俺のためにも、お前のためにも。
心の中で川島に語りかけると、キタムラは頷いてみせた。
しかしその後、前半終了のホイッスルが鳴るまで、チャンスは回ってこなかった。
0-3のまま、前半が終了した。
焦りと疲れで、キタムラは余裕をなくしていた。
滴り落ちる汗を踏むように、下を向きながら、ベンチの方へ戻っていった。
「みんな、揃ったか。作戦を伝える。」
ハーフタイム、響木監督に集められた選手たちは、監督を囲むようにして作戦を聞いていた。
「後半、宇都宮を投入する。あとは前半通り、戦え。本当のサッカーをするだけだ。お前たちが持つ力を見せるだけだ。以上!」
今のが作戦……?
誰もが疑問に思った。
前半通り戦えば、前半通りまた石川の思うように遊ばれるだけじゃないか…。
しかし同時に、誰もが響木監督を信頼していた。
監督が言うならば、それが全てだ。その通りに、前半通りに、全力で行くだけだ。
異変は、後半が始まろうとしていた時に起こった。
なにやら、相手ベンチが騒がしい。
目を向けると、ピッチへ向かう前にと、水を飲んだ選手たちが水を指さしている。監督やマネージャーが慌ただしく、クーラーボックスから取り出した水を確認しているのが見えた。
あ、あのペットボトル。
キタムラが思い出したのは、コンビニの前で石川に会った時のことだった。
あの時、石川が飲むようにと言っていたあの水、あの時の、ペットボトル…!
確か石川は、『本当の力を引き出してくれる、おまじない』と言っていた。
「もしかして……!!」
キタムラは、何かを察した。
前半に見た、人間離れした石川のシュート、相手の動き。
必要以上に”強さ”への執着を見せていた石川。
『本当の力を引き出してくれるおまじない』
全てが、あの水だったんだ。
だから前半、世宇酢中は全く疲れを見せなかった。
あの水分補給は疲れていたからではなかった。
力を増強するための、ガソリン補給のようなものだったわけだ。
でも、どうして今、相手ベンチは慌てているんだ?
「キタムラ!始まるぞ!」
宍戸先輩に声をかけられたキタムラは、慌ててピッチへ足を踏み入れる。
その時だった。
「お〜〜〜いぃ!」
スタンドからだった。
その声は、間違いなく、
あの声だ。
スタンドを見ると、上の方から、獣のような勢いで階段を降りてくる影があった。
影は最前列に到達すると、響木監督に向かい、真っ直ぐグッドポーズをしてみせた。
古株さんだった。
そうか、あの水。
古株さんが大量に買っていた水。
あれは…
全てあの時から…!
完全に、すべての点が線で結ばれた。
響木監督と古株さんは、全て気づいていたんだ!
「キタムラくん、君たちは一体、何をしたんだ?」
ピッチ内では、石川がキタムラに話しかけていた。
「すり替えたんだよ。あの『おまじない』とやらは、もう、終わりだよ。ここからが本当の勝負。本当のサッカーさ。本当の強さでぶつかろう。」
「ふっ、神のアクアはお見通しだったってわけか。まあいい。君はそれで、強くなったわけじゃない。見せてみなよ。本当の強さってもんを。」
キタムラに背を向けた石川がそう言うのと同時に、
後半キックオフのホイッスルが鳴らされた。
続く